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一、シガーキス
夜明け前、一彦は喉が渇いて目を覚ました。
壁の時計は午前五時過ぎ。カーテンの隙間からみえる窓の外はうす暗い。十月に入って朝もずいぶん遅くなった。
隣で白川が、綿毛布を口元まで引き上げて身体を丸めて眠っている。たしかに肌寒い。何も着ないでそのまま眠りにつくのもそろそろ限界だろう。手探りで着るものを探す。起こさないようにそっとベッドを抜けた。
ベッドの上と下を探しまわって、脱ぎ捨てたスウェットシャツを見つける。頭からかぶったところでそれが白川のシャツだと気づいたが、そのまま着た。少し大きい。さらに探してボクサーショーツを見つける。これは自分のだった。
キッチンでグラスに水を汲み、口をつけながらリビングのソファに沈んだ。
ふとサイドボードに目が行く。
フォトスタンドと、小さな陶製の容れものがある。
筒状の容れものは、艶やかな紺一色の骨壺だ。写真の人物を白川が供養している。一彦は立ち上がってサイドボードに近づき、フォトスタンドをそっと手に取った。白川とタイプは違うけれども男前だ。一彦の好み、ど真ん中。
「梧桐、登志也、さん」
小さな声で彼の名前を呼んでみる。亡くなるまで白川の恋人だった男。そして一彦は梧桐の存在がきっかけで白川と出会い、今がある。
写真を戻そうとして、そこに煙草の箱がひとつあるのに気づいた。フォトスタンドの陰に置いてあったので気づかなかった。銘柄はパーラメント。一彦も見たことのある白と紺のパッケージだ。封が切られていて数本抜いた形跡がある。白川は煙草は吸わない。梧桐への供養に、何本か火をつけたのだろうかと想像する。
箱から一本抜いて口にくわえてみた。くわえると喫んでみたくなる。煙草の箱とともに置いてあったマッチ箱を手に取った。レトロな絵柄のマッチ箱だ。白地に紺色のインクで、何かの植物の模様が印刷されている。活版印刷の凹凸だろうか。裏側にはアルファベットが印字されていて、その特徴からドイツ語だとわかった。
「……ヒュッテ・ゴドー」
一彦は煙草をくわえたまま、もごもごと呟く。それからマッチを擦って煙草に火を点けた。思い切り吸いこむ。重たい煙がぐっと肺にめぐって、頭がじわりと痺れる。一彦は派手に咳き込んだ。
咳き込みながら、しまった、と思う。灰皿がない。マッチの燃え殻と、火のついた煙草を両手にもってしばらくリビングをうろうろしたあと、仕方なくキッチンに向かった。
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