負け犬

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「はぁ……はぁ……。――蓮って、後ろからするの好きだよね」  智穂がベッド脇のサイドテーブルに置いてある、500mlのミネラルウォーターに手を伸ばした。  乱れた息を整えて、ペットボトルの水を一口、二口と飲み込む。少しぬるくなった水は飲みやすく、乾いた身体に染み渡るようだった。  使用済みの避妊具を処理し終わった蓮が、裸のままベッドに戻ってくる。 「えっ、どういうこと?」  よく聞き取れなかったのか、間抜けな声で聴き返す。 「いや、だから……。バックでエッチするのが好きだよね、って」  あえて濁した言い方を改め、直球な言葉を投げつける。 「自分じゃあんまり意識してないけど……」  とぼけるように視線をそらしながら、右手を差し出す。すると智穂は手に持っていたミネラルウォーターを差し出した。  ペットボトルを受け取った蓮が、ごくごくと喉を鳴らして水を減らしていく。  残り三割ほどになったミネラルウォーターを智穂に返し、蓮は布団に入り込む。 「そういう智穂も、バック好きでしょ。いつもめっちゃ感じているし」  意地の悪い笑顔を向けられ、心外だと目線で訴える。しかし、蓮は取り合わず仰向けで天井を見ていた。わざと目を合わせないようにしているようだった。  ペットボトルの蓋をしっかりと閉め、サイドテーブルに戻す。  自身も布団に包まった智穂が、仰向けの蓮に抱きつく。 「後背位って、犬みたいだよね。必死に腰振っちゃってさ」 「智穂からは見えないだろ。後ろから突いている時の俺のことは」 「見えないけどさ。――でも分かるよ。だってすごい力強いんだよ。腰をガッチリ掴んで」  少しムッとした蓮が体ごと右を向く。 「俺だって、顔が見えなくても智穂が感じているのは分かっているんだからな。声のトーンも上がってるし、締め付けもキツくなるし」  水を飲んで落ち着いていた智穂が、羞恥で頬を再び染める。 「えっ、嘘。そんなに声でてる!?」 「そうだよ」  蓮が左手で智穂の右肩を掴む。 「でも、俺たちには犬っぽいのがお似合いかもな」  どこか達観したような、遠い目をする。 「まあね。私たち――負け犬同士だもん」  智穂が目を閉じ、出会った日のことを思い出す。 「同じ日に恋人に捨てられた、捨て犬同士……。懐かしいね」 「ヤケ酒しようとして一人で入った焼き鳥屋で、飲みながら泣いている女がいて。で、話しかけてみたら『恋人にフラれた』って」 「『俺もさっきフラれたんだ。隣、いい?』って。――あれってナンパだったの?」 「いや、一人で飲むのは寂しかったんだよ。誰かに愚痴を聞いてほしかった。――そしたら自分と同じ匂いがするヤツが、ちょうど話をするのに良さそうなヤツがいたんだよ」 「で、意気投合して愚痴言い合って、盛り上がって」 「『失恋がなんだ、バカヤロー』なんて二人で言い合ってたな」 「そのあと蓮が二次会でオカマバーに連れて行ってくれて」 「あれはオカマバーじゃない。マスターがオネエなだけだ」 「……一緒じゃない? で、そこで美味しいお酒でけっこう酔って」 「そのままこの部屋に来て――セックスした」  智穂が笑う。 「フラれたその日に、違う相手とエッチするって。私たちも大概だよね」 「負け犬同士、傷を舐め合うようなセックスだった」 「私の場合は、舐めるというより噛むんだけど」  それを聞いた蓮が、心底おかしいと言わんばかりに噴き出した。 「噛み癖があるのも犬っぽいな」 「舐め癖がある蓮も、ね」  智穂が蓮に体を寄せる。 「なんか昔を思い出したら、寂しくなってきちゃった」  右手の人差し指で、蓮の唇をなぞる。 「いっぱい舐められてもいいから、今夜はもう一回したいな」  蓮が左手を智穂のくびれた腰に回し、抱き寄せる。 「俺もそう思っていたところ。どれだけ噛まれてもいいから、智穂を抱きたい」  智穂が蓮の胸の中で微笑む。 「負け犬同士、もっと傷を舐め合おうね――」
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