三崎兎太郎と蓼丸鷲介

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勤め先は男相手の出張ホスト。トップ役とボトム役のキャストが在籍していて、限度はあるものの皆金次第でなんでもする。 17歳の終わりにオーナーに拾われて以来、これ以上稼げる職を知らないままに生きてきた。でも多分もうそろそろ潮時なのだろう、最近は指名も減り無理を言う客が目に見えて増えてきた。No.1だったのは数年前のこと、何とかボトム役No.3の座にしがみついてはいるけれど、例え見目が良くても26歳ともなればそれもいつ終わりを迎えたっておかしくはない。 「お帰り"たろうくん"」 「ただいま、しーちゃん」 "たろう"というのは兎太郎の源氏名で"しーちゃん"とは椎名の事、寮としてあてがわれた同じマンションの一室に住む同居人だ。あと一人一緒に寮生活を送る男がいるけれど、彼は滅多に姿を見せない。部屋は共有スペースのリビングダイニングに鍵付きの小部屋が3つ、それぞれに一人が住う。 「また既読無視してるでしょう、オーナーが返事をしろって怒ってたよ」 「あー…面倒くさい、起きたら連絡するよ」 けらけらと笑うしーちゃんはボトム役のNo.2だ、歳は二十歳眩しいくらいぴちぴちの若者。彼にひらひらと手を振って自室の鍵を開け滑り込み、今度は内側からしっかりと施錠した。今は不在のもう一人がボトム役No.1、二人とも悪い奴じゃないけれどこんな仕事だし仲良くはしても信用はしていない。 リュックを床に放り投げベッドに倒れると、疲労困憊の体はあっという間に温もりに沈み意識を手放した。 ・ ・ ・ 綺麗に整えられたオフィスでスーツの男は床に額を擦り付けて泣いていた。 「痴漢した相手に脅されて有り金殆ど持ってかれただって」 「ーーーひぃッ!?」 「嘘だろ、財布の中身3,000円しか入ってねえ!」 室内に響くのは小学生の小遣いかよと言い怒鳴り散らす声、前髪を鷲掴みにされ頭を持ち上げられた男はみっともないくらい怯えている。向かいのソファに座る鷲介(しゅうすけ)はその男に何の興味も湧かず、部下が下す制裁をただただ眺めていた。 「情けねえなあ、ほんっと情けねえ」 「あの、これ!これ!名刺です、あの男の名刺ッ!だって利子、あの男がッ!!」 「なになに、利子回収してこいってか?俺らにお前の尻拭いさせるわけ?つーか、痴漢しておいて返り討ちに遭ったからって、そいつを売るお前の根性も気に入らねえ!」 ぶるぶる震えるスーツの男は胸ポケットから一枚の名刺を取り出した、顔写真は無い。店名と電話番号の源氏名だけが記されたシンプルなそれを、以下にも安っぽいチンピラといった風貌の部下が差し出す。 ーーーーーーーーーーーーーーーー♡ーーーーー Club Q   " TAROU "            ***-****-*** ーーーー♡ーーーーーーーーーーーーーーーーー 受け取った名刺をローテーブルに放る。つまらない、鷲介の胸の内を支配するのはそんな感情ばかり。 蓼丸鷲介(たでまるしゅうすけ)はヤクザの息子だ、それもそこそこ大きな組の組長の妾の子。母は早くに亡くなり、実父に引き取られ養子として育った。その内義母も孕って歳の離れた弟が生まれたけれど、極道一家の養子である事を恨み妬み僻む間も無く愛情を込めて育てられたものだから親子仲も兄弟仲も頗る良好。何もかもが上手く行きすぎていて、いつもぬるま湯に使っているようなそんな気分から抜け出せずにいた。 唯一不満があるとすればその身分だろうか、このご時世極道とはまったく生きにくいものだ。 高校大学と学ぶ環境を存分に与えられ、凌ぎを削らなくても生きていけるようにと育てられた。学友と起こした事業が上手く行き、父は鷲介がヤクザな商売をしなくても生計を立てていけると知った今、組を縮小し始め、しまいには畳もうかと言い出す始末。 もし組みが無くなったら、この荒くれ者の部下達は一体どうやって生きていくのだろうか。 「鷲介のアニキ、俺達利子の回収に行ってきます」 「……ーーーん、ああ、任せた」 思考を遥か彼方に飛ばしていた鷲介を呼び戻したのは、部下の中でも年若い方の一平と言う男だった。肩をいからせて歩く癖のある彼もまた、いかにもチンピラという服装を身に纏う。 ここは鷲介が他人名義で片手間に回している所謂金融屋の事務所、スーツの男は債務者。 利子を回収しに行ってくると言った部下らは取り立て屋、そんな彼らに生返事をしたのは昼下がりの事だった。
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