テッシュ配りとおつかい

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予測した通り20分はしっかりと並び、暇潰しに前後で待つ女の子からお勧めを聞く。店内入るとケージの中には宝石みたいなケーキが沢山、こんな所で買い物なんてしないものだから自然と心が躍る。女の子達に勧められたケーキと目についた物を幾つか選び、それらが全て収められると箱の中身はちゃんと彩り良くなった。あの人に頼まれた通りにできた事が嬉しかった。 任された"おつかい"はケーキの箱とお釣りを渡すと無事に終了、男にはこちらが引くほど感謝された。 「あんな店、滅多に入らないから楽しかったよ」 「本当に助かった、いつもは身なりのマシな若い奴が買いに行くんだけどな」 「確かに今日の格好じゃあの列に並ぶにはちょっとねぇ」 "おつかい"の"おつかい"を頼まれた訳だなと納得した兎太郎がいかにもな服装を指摘すると、男は腰を上げそうだろうと言って両手を軽く広げ戯けて見せる。どうやら冗談の通じる人らしい、一緒になってけっけと笑った。 「ねえ、聞いてもいい?」 「なんだ」 「俳優かなにかー…それとも本職?」 「本職の方だなあ」 「本職の方かあ」 興味本位は後者の方を肯定で返され、このご時世に本物だと感動さえ覚える。すると男は物怖じしないなと言うから、お兄さんみたいな人と昔よく会ってたからねと答えた。その返答に深くは突っ込んで来ないものの、彼は盛大に訝しげな顔をして見せた。昔の事だよと言うと"もう二度と付き合うなよ"と嗜められる、どの口がと思ったけれど素直に頷いておいた。 「少年はいつもここで仕事をしているのか?」 「ん、俺?いいや、たまたまだよ。もっと効率良く稼がないとだから、普段はこんな仕事しないね」 「そうか、たまたまか。俺は運が良かったな」 「んははッ、そうだね」 兎太郎がにかっと笑って見せると男は一瞬目を丸くした、次いで伸びてきた手が頭に落ちたかと思うと髪を掻き混ぜる様に撫でる。さっきからずっと少年と呼ばれるし、もしかしたら学生か何かにと勘違いされているのかもしれない。兎太郎は苦笑して男の手を受け入れた、どうせもう会う事もないだろうしこんな風に子供扱いされるのも面白い。 「また出会う事があれば飯でも奢らせろ」 「おー、めーっちゃ高い焼肉でもいい?」 「いい、何でも」 「太っ腹だねえ、俺沢山食うよ」 「食え食え、その方が奢り甲斐がある」 わしわしと髪を掻き混ぜていた手が離れる、一緒に去ってしまった温もりが少し惜しいと思ったのは久しぶりに純粋な人の優しさに触れたからだろうか。腕時計を確認した男は段ボールからポケットティッシュを幾つも鷲掴み、急ぐから今はこれくらいしか礼が出来ないと言う。律儀な人だなと思った。 兎太郎はどうもご協力ありがとうございますと頭を下げる。 「馬鹿言え、協力してもらったのもそれに礼を言うのも俺の方だ」 「……そっか、そうだね。じゃああれだ"またね"だ。またね、お兄さん」 「ああ、またな」 片手にケーキの箱を持つその人は、引っ掴んだポケットティッシュを掲げて去って行く。厳ついスーツにケーキの箱とポケットティッシュのアンバランスさは、夕方に差し掛かり人通りの増した街の中でも酷く目立つ。次なんて期待しない、こういう場合の次なんてきっと無いのだから。でもまた会えたらいいなと思った、けれど本当の自分を知られるのは少し恥ずかしい。 恥ずかしいと思ってハッとした、自分はあの人に良く見られたいのかと気が付いたからだ。 出張ホストなる仕事をしていると知ったらあの人はどんな顔をするだろうか。男娼と蔑まれるかもしれないとそう思ったところで考える事を止めた、ありもしない未来の出来事を想像するだなんて時間の無駄だからだ。 …ーー俺は今を生きていかなきゃならない。 「次なんて……」 兎太郎は"またな"と言った男の背中を見えなくなるまで見送った。
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