茶番軍義

1/1
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ

茶番軍義

「お久しぶりです。ローライムさん」    長テーブルと精緻な装飾が施され、書類の並べられた会議室に入ると、すでに来ていた第三軍将軍のフェルシアが挨拶してくれた。   「久しぶり、フェルシア」    青白い肌とおっとりした雰囲気、ウェーブがかった長い髪を腰まで流れた癒し系美人だ。    アホ毛がそよそよと揺れていて、見てるだけでほっこりする。    こんな癒し系だが、アンデット最上種でグランドリッチーのため、魔力量は魔王軍でも最上位のはずで油断したら即座に蒸発させられるくらい強い。   「例の件いけるよな?」   「勿論です。ローライムさん同様に私も先代様にはとてもお世話になりました。その位恩返しとして当然です。あ、あと頼まれてた餓骨兵の魔法書もできましたよ」    裏表ない笑顔は本当に癒し系だよな。    数少ない元人間の同士なので、話も合うし、価値観もまだ近いから気が楽なのだ。    勿論、それは秘密だけどな。    先代からも信頼が厚かったから任せて大丈夫だろう。    寝首をかいたりする性格でもないし。    フェルシアから依頼していたスクロールを貰って体内に保管しておく。    このスライムの身体はもともと半流動体なので、姿形は変えれるし、何でもしまっておけるので、とても便利だ。    暗器とか隠し放題だし、食べ物も貯蔵できる。 「ふむ、ローライム殿とフェルシア殿はすでに来ていたか」    背後から音もなく現れたのは第一軍将軍のドグウェル。    蜥蜴が二足歩行している様なリザードマンが進化したドラゴノイドと呼ばれる上位種で、耳の後ろに角と背中に翼があるのが、上位種の証拠だ。    龍を祖先とした彼らの戦闘力のバランスは最もよく、センスの良さといい、魔王として幾人ものドラゴノイドを輩出してきたエリート種族なのだ。    身体中に無数の傷が刻まれており、ハバニールにいる人間の英雄との戦いで抉られた右目は眼帯で隠されている。    佇まいは侍みたいで、側で黙っていられるとそれだけで緊迫感が出てくる。    魔王軍の古強者だ。    アスリートの様に絞まった身体は機能性を突き詰めた様で、一部の隙もない。   「ドグウェルさん、お久しぶりです」   「こうして会うのは前回の会議依頼ですね。ハバニール戦は大丈夫でしたか? 治療薬は役に立ちました?」   「それに関しては非常に感謝しておる。フェルシア殿の魔法薬のおかげで死者の数はある程度抑えられたが、撤退せざるをえなんだのは、屈辱よ。やはり、巨人族で攻略できなかっただけはあって守りは鉄壁であるな。空からも攻略は難しい」    忌々しげな表情で唸ったドグウェルの顔には険しい色が浮かんでいる。    少数精鋭で構成されたドグウェルの第一軍は一人一人の兵士の育成に他の軍よりも遥かに経費がかけられているし、育てるまで時間もかかっている。    それが一人でも欠けるのは他の軍よりも痛手なのだ。    その上、撤退させられるほどの損害ともなれば、力を戻すまで時間がかかってしまうだろう。   「巨人でもリザードマンでも厳しいとなると、正面から攻めるのは難しいようですね」   「ふんっ! 我々は力で全てを潰す! それこそ魔族の誉れだぞ! 作戦などいらぬわ!」    ローライムの呟きにうるさいほどの大声で反論したのは、岩でも動いたような巨大な大男だった。   「うむ。バースドグ殿の言う通りよ! 我が精鋭の力が戻り次第、全軍で攻めるべきであろうな」   「がはは! ドグウェル殿が率いる第一軍の精鋭、我々第四軍に第三軍の魔法攻撃まで加われれば必ずや陥落できよう! 次こそ、我々魔王軍の脅威をしらしめてやろうぞ!!」    脳筋まるだしの暑苦しい大男こそ、第四軍の将軍バースドグだ。    黒曜石のように真っ黒い肌は岩肌を削ったように筋骨粒々で、四本の腕の二面の顔は前世の阿修羅神を彷彿とさせる威圧感がある。    いや、幹部でも群を抜いて大柄だから威圧感と圧迫感はまじであるけどな。    てか、ドグウェルもバースドグも脳筋すぎる。    この阿呆どもっ!! お前らは全軍突撃しかしないから悉く敗けるんだよ!    ちょっとは、敗戦から学べ!    ……と言えたらどんなに言いか。    脳筋魔族どもにそんな台詞は馬の耳に念仏だろう。    第五軍以外って魔力か戦闘能力の高さだけで選ばれた様な連中ばかりだし。    フェルシアは脳筋じゃないけど、魔力の高さで第三軍の将軍になってるくらいだからな。    しかも、第五軍って戦力外みたいな思われてるから、バースドグの全軍突撃する中にも入れられてなかったし。    リッチーだったフェルシアは理解してくれるが、彼女は防衛軍なので、やっぱり発言権は小さいのだ。    まぁ、こっちよりは大きいけど。    第五軍って直接戦闘力が低いと見下されて虐げられ気味の種族を保護する形で集めてるから雑多な種族の集まりだし、他から見下されてるんだよな。    ……ったく、いくら戦闘力が強くてもそれだけで勝てる世界じゃないんだってのに。   「皆様、いらっしゃいましたね。それでは魔王様が来られますので、席の前へ」    魔王が上座で残りは下座になる。    幹部軍は皆、同列であるって先代魔王からの方針だ。    特に俺に配慮した席順になる。    俺たちは会話を打ち切ると、素早く椅子の前に移動して魔王を待った。    彼女が来る前に椅子に座る愚か者はいない。    新米であろうと、頼りなかろうと、魔王には敬意を払うのだ。    ◆   「皆、忙しい中よく集まってくれた。これより軍議を始める。皆、席につけ」    小さい中、精一杯威厳を出そうとしているアスモが声を出してるのは見ていて微笑ましい。    皆、どんなことを考えてるのか、などと考えながら席についた。    今回の議題はハバニール攻略の報告と次の進軍についてだ。    脳筋の彼らに任すと報告書なんて書けないので、俺が育てた文官を各軍に派遣。彼らが客観的な視点で報告書を書いてくれている。    本来なら他の軍から派遣された文官なんてスパイじゃないかと疑われて嫌われるのだが、そんな概念もない彼らには特に警戒されることなく受け入れられていた。    最も戦闘力も低いから歓迎されてないけど。   「ふむ、こうして損害などを数字で見るとかなりの痛手であることがわかるな」    書面に書かれているのは現在の兵力の損耗率で、第一軍で二割、第四軍はすでに五割を越えていて、前世なら第四軍の被害は全滅と言えるほどのものだ。    ちなみに、防御の要の第三軍と雑魚呼ばわりで前線に出てない第五軍は無傷のままだ。   「ふんっ! アルゴル第二軍が解体されたのだから、そこの兵士で補填はできるはずだ。今からでも攻めるべきだろう!」    古参のドグウェルは眉にシワを寄せて現状を深刻に受け止めていたが、バースドグは逆に鼻息を荒くしていた。    …………なんてアホなんだ。    バースドグの言葉にため息しかでない。   「バースドグさん、それは無理です」   「なぜに言うのだ!? 臆病風に吹かれたか!?」    目を剥くバースドグは今にも飛びかかってきそうな雰囲気すらある。    好戦的にも程があるぞっ!?   「……解体した第二軍を第四軍に加えれば数の補填はある程度できますが、第一軍はほとんどがリザードマンやドラゴノイド、飛行系の魔族で、サイズも違う巨人族はいきなり馴染めないでしょう。戦闘の仕方からして違いますし。連携もままなりません。それに再編にはまだ時間がかかります。それに第三軍は守りの結界のため、ほとんど出せません」   「加えればよいだけなのだから、再編などすぐにできようがっ! 捕らえたものを先頭に力で攻めればよい! 攻撃こそ最大防御であろう! 第三軍の結界維持など、攻めてる間は必要あるまい! 攻め終えてから、また結界ははりなおせばよい!」    全軍突撃! と今にも叫びたそうだが、お前ら全軍敗けてる面子しかいねぇんだから、同じ策ならまた敗けるだろうが。   「第四軍はそれでよくても第一軍は錬度の高さと制空権による攻撃が強みです。巨人を加えたところで、急ごしらえの再編成では逆に足を引っ張られます。今は攻めるべきではありません。それに結界は古代の魔王様が張ったもので、一度解除すれば再び発動するのに季節一つはかかります」    第三軍の結界で相手も大規模な侵攻はできないのだがら、今のうちにできればちゃんと訓練して、作戦などの勉強をさせて補佐できる武官、文官を各軍で育てて欲しいくらいだ。    フェルシア達が特殊な武器でも開発できれば尚、嬉しい。  いくらファンタジーでも、突撃だけで勝てる戦争なんかないのだから――。    それに魔王領を守る最強の結界は維持コストは軽いが発動コストは高いのだ。    気軽にオン、オフできるものではない。   「ゴチャゴチャとやかましいわっ! 前線にも出ない腰抜け部隊がっ! 奴等とて消耗してるのだ。もたもたしていれば再び兵力が回復されてしまうだろう! なのに、攻めるなだとっ! 弱気な発言ばかりしおって!! ならば、貴様の軍でハバニールを陥落してみせろっ! 第五軍は無傷であろうがっ!!」    ハバニールは四つの拳を机に叩きつけて吼えた。    ほぅ……そっちならその言葉を言ってくれるとは、都合がいい。   「……そこまでにしろ」    冷たく、呆れた声音を演じたアスモの言葉に俺たちは黙りこんで椅子に座った。   「ローライム、バースドグの主張はどちらもわかった。第一、第四軍は今すぐ動ける状態ではない。だが、人間どももそれは同じだ。機を逃すのも愚かであろう。ならば、今すぐ動ける軍に任すのも悪くはあるまい。……メスティノ」   「はっ!」    メスティノが恭しく巻物と指令書の印字された紙をもってきた。   「第五軍将軍であるローライムに命ずる。汝の部隊をもってハバニールを落としてこい」    ザワザワと困惑した空気が流れた。    肌であの都市の攻略の難しさを知るバースドグとドグウェルは戦闘力で劣る第五軍にできるわけがないと顔に出てるし、フェルシアは心配そうな顔をしたが、一瞬こちらに視線を向けて何か言いたげに口の端を動かしかけていた。    だが、売り言葉はバースドグだ。    俺がいきなり行くと言い出せば不自然だが、この流れで命じられたなら異論はでまい。    魔王の命令を否定するのは反逆の意思ととられても文句が言えないからな。   「拝命いたします。ルシファ=アスモ様」    俺は椅子から立ち上がって恭しく膝をつくと、彼女から巻物と指令書を受けとる。   「私より都市陥落のための策を授ける巻物だ。迷う時、危機に陥った時に使うがよい」    アスモの荘厳な声が響く。    あ、これアスモも緊張してるな。    笑うな。茶番がばれる。   「魔王軍として必ずやこの作戦を成功させて見せます!」    俺はしっかりと部下らしく振る舞いながらそれらを受け取り敬礼する。    次の方針が決まったことで会議は解散となった。    俺がハバニールを攻略するにせよ、失敗するにせよ、命令があるまで他の軍は動かず英気を養い、訓練を行ったりするのだろう。    ……さて、本番はこれからだ。    
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!