都市攻略の手順

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都市攻略の手順

 星々の明かりしかない中、夜目がきく俺達魔族にとっての行軍は非常に有利だ。    ハバニールを避けるように大きく弧を描いて迂回しつつ背後へと走る。    狼の姿で野をかけて俺達は木々を倒して作られた道の近くで足を止める。    森のど真ん中を開いただけため、左右にはかなり大きな森が広がっていた。    暗闇が支配するはずの空間を切り取るように赤い光が揺らいでいる。    パチパチとはぜる火の粉は獣達に人間がいると知らせ、牽制しているのだ。    俺達にとっては獲物がいるよ、って知らせてるようなもんだけどな。    風下からゆっくりと黙視できる距離まで近づけた。    馬が繋がれた荷馬車には大量の食糧と弓矢やら剣。    兵士らしき筋骨粒々の鎧の戦士が八人。    恰幅のいい商人が二人か。    こちらの戦闘の主力は人狼二十人。    俺もいるし、戦力的には問題ない。   「まったく……いつまでも戦争が続くのかね」 「あぁ、鉄は値上がりするのに、元老院のせいで買い叩かれるし大損だぜ」 「そう言うなよ。魔石は値上がりしてんだ。あれを北方で売ればかなりの利益になるさ」 「手間を考えるとトントンだろ。それに食糧の徴集でこっちも値上がりしてんだからどこも楽じゃねぇよ」    愚痴る商人二人はやってられっか、と酒を煽って唸っていた。    ほう……魔石が人間領では高いのか。   「勇者様が魔王と魔族を滅ぼすまでの辛抱だ。他のみんなも頑張ってるし、俺達も踏ん張るしかねえよ」 「んだな、土産でも買っていけば町のガキどもも喜ぶだろ」    いや、滅ばないよ?    それに、勇者が亡くなったことはまだ知られていないのか……。    人間にとっての希望みたいなもんだし、相討ちだったとしても死んだとは公表してないみたいだな。    まぁ、間違いなく動揺と士気の低下には繋がるだろう。    ただ、勇者の遺体はないのだ。    最期の時に俺が喰らって融合しているからな。    今の容姿が中性的な姿なのも少女だった勇者と俺の姿が混じってるからだし。   「今回はかなりの魔石が採れたんだって?」 「あぁ、魔族どもがかなり捕らえられたからな。知ってるか? 魔物の死体よりも魔族の死体の魔石は何倍も純度が高いんだってよ」 「へ……でも魔族の魔石で俺達が暮らせてるってのは気に入らねぇよな」 「あいつらが魔力の潤沢な土地を独占してるからだろ?仕方ないさ。俺達だって、生きるためだ」    かなり気になる話だが、そこからは俺達魔族の悪口になってきたので、不愉快なので盗み聞きするのはやめた。    俺達の魂の結晶を資源にしているのは胸糞悪いが……。    さてと――――。   「ガウリィは傭兵をやれ。リリムは後で商人達を任せる」   「殺っちまってもいいんだよな?」   「あぁ、構わん。むしろ逃げられると困るから必ず捕らえるか消せ。リリムの方は殺すなよ。あの二人はまだ話を聞かないといけないからな」    正直、スライムになった時は人間を殺すなんて、とか思っていたが、もうこの姿になって十年以上経っているし、戦争で仲間がどれだけ亡くなったかと思うと同情もなくなる。    だいぶ、心も魔族寄りになっちゃったよな。    まぁ、できれば殺さずに、って心のどこかでも思ってしまうが、絶対に犠牲は出てしまう。    必要ならば、躊躇はない。   「へへっ、魔物以外の戦闘は久しぶりだから、緊張するぜ」 「リーダー、変身して吠えないで下さいよ」 「傭兵どもにバレたら面倒ですからね」 「ワシらジジイの分は残さんでも構わんぞ?」  犬歯を剥き出しにしたガウリィと連れてきた他の人狼達の姿が話ながらもみるみる変わっていく。    顔が伸びるように長細く、口は大きく裂けて尖った肉食獣の牙が剥き出しにしていく。    大きめの服が内側から引っ張られるように押し上げられ、パンパンにはち切れんばかりに膨らみ、袖から見える腕は銀色や黒、茶色の体毛に覆われ、五指には鋭い爪が生えていた。    鉄を割けるほどの爪は下手な剣よりも鋭い。   「いくぞ……」    低い声で唸ったガウリィをリーダーにして、人狼達が素早く動き出した。   「リーダー、難しい顔してどうしました?」 「どうにも落ち着かねぇな。肌がピリピリしやがる」 「前線が近いからですかね。この辺は魔族領が近いからか魔物も割りとでるそうですから」 「魔物なら気配でわかる。だが、なんか違うんだよな。勘って言えばいいのか、何か起きそうで気になるんだよ」 「戦士の勘って奴ですかい? 俺達はさっぱりでさ」 「ただ、傭兵崩れが盗賊になって俺達を襲う可能性はありますがね」 「そんな連中俺達の敵じゃねぇだろ?」 「そうですぜ! なんせ俺達は『赤の熊』ですよ? そんじゃそこらの傭兵とは違いますぜ!」  傭兵達は盗賊なんて恐るるに足りぬ、と豪語しているが、俺の部下はそんな可愛い連中とはわけが違うぞ?    盗賊なんて所詮は武器をもって意気がってるチンピラみたいなもんだ。    訓練だってしないし、商人や農民みたいな弱い者にしか手を出せない連中なのだから。    リーダーの大男だけは油断してないし、武器をすぐに抜けるよう身構えていたが、残念ながら狩りの達人である人狼相手に魔物程度の索敵能力では気配なんか悟れるわけがない。    風下から臭いを出さず、音を消し、飛びかかれる位置で傭兵達を包囲しているのだ。   「へへっ! 盗賊でも魔物でもどんときやがれってん――――」    盛り上がっていた傭兵の一人は最期まで台詞を言えなかった。    茂みを突き破って飛び出た毛むくじゃらの腕が首を360度回してへし折ったからだ。    いきなりの事態に呆然としている傭兵達に奇襲だと瞬時に理解したリーダーだけは武器に手をかけて叫んだ。   「敵襲――ぎぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」    だが、残念だ。    武器を抜くことはできなかった。    剣の柄を握っていた腕は肘から切り落とされていたのだ。    リーダーはその後何が起きたかはわからなかっただろう。    悲鳴をあげた瞬間、茂みから飛だしてきたガウリィの牙が深々と喉にささったのだから。    他の傭兵も頭を噛み千切られたり、喉笛を引き裂かれたり、胸を貫かれたり、ほぼ同時に絶命させられていた。    集団での狩りを行う人狼にとって時間差での攻撃など造作もない。    一人目の傭兵が殺されたのに目を奪われた瞬間、一斉に死角から他の人狼が傭兵達を襲ったのだ。   「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」    闇から突如現れ、瞬く間に傭兵達を殺した人狼の姿に商人二人は震えあがって逃げようとしたが、足がもつれて転んでいた。    もう一人は腰が抜けたらしくその場でへたりこでいる。    地面にはシミが広がり、人狼達が不快そうに鼻を鳴らしていた。    ビビって漏らしたんですね。まぁ、愚痴を言ってお酒を飲んでたら、いきなりのホラーですいませんね。   「ま、ままま、まぞくぅ!?」   「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!! なんでこんなところに!? ハバニールはどうなってんだ!? 魔族はいないはずだろ!?」   「大人しくしてろ。抵抗すれば――殺すぞ」    ウォォォォォォォォォォン!    脅すように一吠えしたガウリィに商人二人は縮み上がり、泡を噴いてそのまま縛り上げられたのだった。    ◆   「ご苦労、ガウリィと人狼部隊」   「ありがたき幸せ」    死体を埋めて隠した後、商人達をガウリィ達が連れてきた。   「ゆ、勇者様……?」   「口を慎め! 俺達の将軍をよりにもよって人間――しかもあの憎らしい勇者だと……その口裂いてやろうか?」   「ひぁぁぁぁぁ! お許しを! どうかお許しを!!」    ……ごめんなさい。今は魔族だけど元人間です。あと、諸事情で見た目が勇者に似ててすいません。    俺の姿を勇者に見間違えたのは遠目でしか勇者の姿を知らないからだろう。    ていうか、ガウリィも必要以上に脅すなよ。    リリムの仕事がしにくくなるだろうが。   「ガウリィ達は荷馬車の中身を調べといてくれ。お前らがいるとビビりすぎてリリム達の仕事がしにくいから」   「わかりました。何かあればすぐに呼んでください」    ガウリィは敬礼して素早く身を翻ると茂みに姿をくらました。   「じゃ、リリム。よろしく」   「はっ! 」    背後に控えていたリリムはローブを脱いで姿を顕にさせた。    さらにリリムの連れてきた二人のサキュバスもローブを脱いで姿をさらけ出す。    三人とも思わず生唾を呑み込んでしまうほど蠱惑的だ。    ムッチリと肉づきがいいのに、太っているわけでもなく、露出度の高い水着みたいな際どい服の下から覗く肌はこれでもかとばかりに色気を放ち、他種族でも雄には強烈な刺激を与えるのだ。 「ふふ、そんな脅えなくても私はあなた達をとって食べたりしないわよ?」   「そうそう♪ ちょっとお話がしたいだけなんだー」   「おじ様も緊張してないで笑ってお話しようよ」    甘ったるい吐息がかかるほどの距離で男達の頬を優しく撫でながら微笑むリリムの顔はまるで聖女みたいだ。    ……実際は真逆なんだけどね。    女って怖い。   「ほら……緊張しないでお話しましょ? そしたら、もっと楽しいこともしたいし――ね?」   「私の胸気持ちいい? もっと挟んじゃおっか?」   「それともおじ様は足で悪戯されちゃうのがいいのかな? おじ様がお話してくれるなら色々しちゃうよ?」    耳元で軽く息を吹きかけて艶かしく囁くリリムと二人のサキュバスの行動は見ててとにかくエロい。    いきなりエロゲの世界にでも迷ったみたいに空気がピンクなのだ。    しかも、囁きながら鎖骨やら胸やらにさりげなく手を伸ばして撫でたりしてるし……。    性別がなくなっちゃったスライムでもドキドキしちゃうから、人間の男なんてイチコロだと思う。    商人二人の身体が不自然にビクンビクン、と震えている。    人狼達を離しといてよかったかも。    野郎達には刺激が強すぎるわ。   「おぉう?」   「はぅ……」    リリム達の甘い声とエロい仕草に男達の顔が徐々に恍惚としてきて、目はボンヤリと霞がかってきたみたいになっている。    サキュバスの能力はご想像通りの魅了や洗脳、幻惑とかなんだけど、緊張してる相手にはかかりにくい。あと、極度に恐怖とかもだ。    惨殺シーンを見たあとに張本人がいたら、恐怖が解けないのでガウリィにはご退場願ったのである。    俺のほうが強いから護衛が要らないってのもあるけどね。    やがて、リリム達の魅了が完全にかかったらしく男二人はボンヤリとした表情になって俺達を見ていた。    薬物でもやってるみたいに涎が垂れてるし、虚ろな表情は魂の半分でも抜けたのかと心配になるほどだ。    若干、サキュバス達の肌がツヤツヤしてるのは気のせいか?    若干、生気を吸ったな?   「魅了は完了いたしました。将軍」    魅了の魔法をかけられた相手はかけた相手を軽度な自分の親友や家族みたいに思って親しく接したりさせるのだ。幾度もかけられるともっと深みに落とすこともできるらしい。    ただ、サキュバスの魅了はモノが違う。本来は幾度もかけなければならない魅了を耐性がない相手ならば絶対服従する奴隷並みに従順な人形レベルまで魅了できるのだ。    魔力耐性がないだろう戦士とか魔法使いとか戦わない連中、しかも男性ならサキュバスは間違いなく天敵だろう。   「うむ。では、引き続き尋問に入るぞ」    必要なのは情報だ。    ハバニールに入る商人。許可証や顔が覚えられているのか。どんな商品を扱っているのか。魔術による看破があるのか。    都市内の戦力。どんな武器や罠があるか。人口がどれくらいで、兵士や傭兵の割合はどんなものなのか。    人間領での常識。    魔族領には通貨の概念がないので、どんな通貨があるのか。物価はどんなものなのか。他の都市について、権力者について、商人について……。    聞くことは山ほどあるのだ。  それに英雄について、だ。    ドグウェルでも倒せなかった相手なのだから絶対に正面からの戦いは避けたい。    リリム達を女王様、女神様などど崇めながら男二人はリリムの足元に這いつくばり、訊ねられるがままにペラペラと情報を話してくれた。    おかげで、欲しい情報はかなり手に入ったのだが。    ……もう魅了じゃなくて洗脳だよ、これ。    たぶん、リリムが手加減なしでやったせいだろうが、サキュバスのフェロモンにもろに当てられたせいだろう。    魅了が解けたら廃人になってそうだ。    サキュバス怖い!  
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