舞踏会 Ⅰ

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舞踏会 Ⅰ

それから二日後――王宮では舞踏会が開かれていた。しかしパートナーであるエヴァンジェリンを迎えに控室に向かったが姿はなく、御得意の我儘かと苛立ちを隠さず入場の扉の前に辿り着く。私は婚約者の到着を扉の前で待つつもりだったが一向に来ず、進行の都合で仕方なく一人で入場したのだった。 「レガリア王国第一王子、クロード・ラファティ殿下の御入場でございます」 他の招待客達は私がエヴァンジェリンを連れていないことを訝しむような顔をしているのが分かったが、舞台に立った以上、平然とする他に選択肢はない。 その後に国王陛下、王妃殿下に続き、私の母が入場し、国王の宣言によって開幕した。 しばらくすると高位貴族から順に王族の元へ挨拶にやって来る。父上や王妃殿下にエヴァンジェリンの所在を確認されたが、何の連絡も無いのだと答えておいた。格式ある会合に断りも入れずに参加しなかったエヴァンジェリンの不調法さを父上達から叱責されれば良いのだ。 そしてアシュフォード家は当主である侯爵だけが挨拶にやって来た。平民の後妻とダルシニアは遠慮して正式な貴族の集まりに参加しないので、エヴァンジェリンがいない以外はいつものことであった。 「アシュフォード侯爵。エヴァンジェリンはどうしたのだ?何の連絡も無いが体調でも悪かったのか?」 どうせ儘ならぬことに憤慨して仮病だろうと高を括っていたのだが、侯爵は全く意味の分からないことを言い出したのだ。 「エヴァンジェリンはアシュフォード家から籍を抜き、放逐いたしました」 騒がしい舞踏会の中で存外、侯爵の声はよく通り、誰もがおしゃべりを止めてこちらを見ていた。父上と王妃殿下も唖然とした顔で侯爵を見るのだが、彼は全く気付いた様子もなく平然としている。 「エヴァンジェリンは第一王子の婚約者である。王家の許しも得ず、勝手に籍を抜き、放逐するとは何事か!!」 「婚約者?既に破棄されているのではございませんか?」 「誰がそのようなことを……」 「エヴァンジェリンが殿下に婚約破棄をしたいと言われたと申しておりましたので」 「王宮に確認もせず、勝手なことを……」 婚約、そして婚姻は一種の契約である。解消に至らずとも、変更があれば何らかの話し合いを持ち、書面で再契約となるのだ。たとえ娘が言ったことだとしても確認もせずに、しかも人の人生を地獄に叩き落とすような決断をした侯爵に場が静まり返った。 ドサッと物音がした方を見れば、老齢の貴婦人が失神したのを夫である紳士が支えている。紳士は怒りで顔を真っ赤にして叫んだ。 「たとえ婚約破棄が事実だったとしても、どうして貴族籍まで取り上げて、家から追い出すような真似をするのだ!!そんなことをして貴族の子女が生きていけると思っているのか!!」 王と侯爵による問答の最中に割って入るなど不敬も甚だしい。けれども止める者は誰もいなかった。紳士こそエヴァンジェリンの母親の父――デイヴィス伯爵であるからだ。若くして亡くなった娘によく似た孫娘を大層可愛がっていると評判で、それを突然家から出したなど言われたら、怒り心頭で周りが見えなくなるのも仕方のないことだろう。 「だから言ったのだ!!エヴァンジェリンを愛せないのなら我が家で引き取ると!!王家と繋がりたいばかりに私達から孫を取り上げたくせに!!」 貴族の子女が従者も付けずに家から出されて生きていけるはずがなかった。当面の資金を持たされたところで人に騙され、金を奪われて、最悪人買いに攫われてしまうことだって考えられる。血の繋がった娘に対して、何と鬼畜なことをしたのかと化け物でも見るかのように侯爵を周囲は見ていた。 「殿下、エヴァンジェリン様に婚約破棄について何らかの話をされましたか?」 侯爵では埒が明かないとばかりに、宰相が私に話を振った。 「わ、私はエヴァンジェリンに現状のままであるなら婚約について再考したいと言っただけだ……」 「王命による婚約に、殿下の一考の余地などあるとお思いですか?」 宰相から向けられた目は、ラルフのものに似ていた。まるで私を軽蔑するかのようなそれだ。 「『現状のまま』とは、エヴァンジェリン様にどのような瑕疵があるというのですか?」 社交界において、エヴァンジェリンは同年代の令嬢達から抜きん出た存在だった。美しさもさることながら学問に秀で、その如才ない振る舞いに己の娘を見てため息を吐いた親が何人いたことだろうと言われている。それほど王子妃として申し分のない令嬢だと大人達は認識していた。 しかし、学院での彼女の評価は少し違う。 「エヴァンジェリンは妹のダルシニアを常に無視していた。挨拶をしても、どんな言葉を掛けても梨の礫だったのだ」 誰が取り成そうとも、エヴァンジェリンは頑なに無視し続けた。 『私、お姉様とお話したことがありません。家では無理でも、せめて身分は平等だとされる学院でならお声をかけることが許されると思っていましたの』 そんな悲哀に満ちた呟きを聞けば、誰もが二人の仲を取り持とうとしたが、エヴァンジェリンはそれさえも蹴ったのだ。次第にエヴァンジェリンの周囲からは人が離れ、数人の取り巻きだけが残される形となった。その取り巻きを使ってダルシニアに嫌がらせを行ったのだと告げれば、デイヴィス伯爵は目頭を押さえて絞り出すように声を上げた。 「何て酷いことを!!」 「そうだろう。エヴァンジェリンは……」 「いいえ!!酷いのは貴方様です、殿下!!」 デイヴィス伯爵も孫娘の所業に自業自得だと納得したのだと思った矢先、私を詰ったのだ。 「実の母親が亡くなって一月もしない内に娼婦を身請けして、その連れ子を父親が養子にしただけの存在を妹のように可愛がれなどと、殿下には人の心が無いのですか!?」 「娼婦!?養女だとッ!?」 平民――いや、一般市民と思われていた後妻が娼婦などと誰も知らなかった。父上や宰相など一部の人間は知っていたかもしれないが、取るに足らないと放置していたのかもしれない。だが私には凄まじい衝撃だった。 「ダルシニアは私の娘だ!」 「娼館で生まれた娘を自分の子供だと信じるとは、何とめでたい頭をしているのか!!もし、その男の娘だとするなら、エヴァンジェリンと同い年の不倫の末の庶子に過ぎません!!」 ダルシニアは自分の娘だとアシュフォード侯爵が叫ぶが、デイヴィス伯爵に正論で(もっ)て抗弁されてしまえば、血走った目で伯爵を睨みつける他ないようであった。 「エヴァンジェリンとダルシニアは同い年と言ったが、ダルシニアは学院の二年に所属している。最高学年であるエヴァンジェリンとは二学年も違うだろう」 「甘やかして育てたと聞いておりますから、大方勉強が間に合わなかったのでしょう。養子縁組をした時の書類があるはずです。御確認ください」 そう言ってデイヴィス伯爵は怒りを堪えるように息を吐き出す。宰相が部下へと指示を出していることから確認に向かわせたのだろう。いや、そもそもダルシニアは自分の年齢は言っていない。学院に提出した書類に正しい生年月日が記載されていれば詐称したことにはならないだろう。
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