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●あり得ない
「……ちょっと、勘弁してよ」
リモコンを握りしめたまま、瑞穂はため息をつくと、額に浮き出た汗を左手でおもむろに拭った。
引っ越し当初以来、ルームメイトのごとく瑞穂と共にこの部屋で生活を共にしてきた、エアコン。
しかし、寿命が来たのか、エアコンは電車の走行音のような物々しい音を立てながら、カビ臭い吐息を排出するのみであった。
まだ5月だというのに、NHKの集金みたく望まれていない、季節外れの真夏日到来。
汗まみれになりながら、就労。
カーディガンを着て出社した自分を激しく呪いながら帰宅し、心身共にリフレッシュとばかりに、スーパーで買った「ざるラーメン」をエアコンの効いた部屋で食べ、缶ビールを一杯。
発汗作用のある入浴剤を入れたお風呂でデトックスを行い、アイスで涼を得て就寝。
そんな、ささやかな野望を抱いていた瑞穂であったが、目の前で展開されている「エアコンの故障」という現実は、瑞穂のその野望を粉微塵にまで破壊した。
帰りの電車で見た、スマートフォンの天気予報によると、このふざけた真夏日はまだ3日も続くらしい。
──となると、何も手を打たなかったら丸三日間。
ずっと、ビニールハウスみたいに蒸し暑いこの環境で、寝起きし続けなけりゃいけない訳?
「……あり得ない」
舌打ちをしながら、瑞穂はエアコンの電源を切ると、収納スペースとなっているクローゼットから扇風機を取り出し、カバーとなっているゴミ袋を力任せに引きちぎった。
そして、続く形でコンセントを挿し込み、扇風機のスイッチを押すと、生ぬるい温風を顔面に浴びながら、瑞穂は一人沈思する。
繰り返すけど、まだ5月だ。
この休みにリフレッシュ、とばかりにGWに旅行に出かけたものだから、貯金も心もと無い。
言うまでもなく、夏のボーナスはまだ先だから、エアコンを買い換えるという選択肢は極力取りたくない。
──となると、修理か。
瑞穂はテレビの横に置かれているカラーボックスからクリアファイルを取り出すと、そこに入れてあるエアコンの説明書を探した。
エアコンの説明書は、程なくして見つかった。
が、説明書と同封していた保証書の期限は、やはりというか、三年前に切れていた。
「引っ越ししてから、ずっと使ってたしな……」
説明書からエアコンに瑞穂は視線をやると、立ち上がり、クリアファイルをカラーボックスへと戻した。
そして、ソファーに置いたバッグからスマートフォンを取り出すと、瑞穂は扇風機の真向かいへと戻ってくる。
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