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和田マネージャーからの提案を聞き終えた瑞穂は、すぐに返答しようとはせず、しばし沈思した。
正直、悪い話ではない。
実を言うと、和田マネージャーに気がある瑞穂にとって、持ちかけられたこの提案は、和田マネージャーとの距離を縮める、絶好の機会でもある。
エアコンの件にしても、相場より安い金額で修理してくれるかもだし、本来ならこの話に素直に乗った方がよさそうだ。
──しかし、だ。
「……あっ、さすがに早退はいいです」
瑞穂は苦笑いを浮かばせると、睡眠不足で鈍った頭で思考を重ねている、というのもあってか、ゆっくりとした口調で和田マネージャーに対して切り出した。
「エアコンが壊れたのを理由に早退って、『私用』でごまかしても、さすがに周りに申し訳ない気持ちになっちゃいますからね。
だから、早退してまで、っていうのはいいです。
出来れば、明後日……。
土曜日にしてもらえたら、有難いんですけどね。
会社も休みですし。
で、ワガママを言わせてもらえば、その日に和田マネージャーに付き添ってもらえたら、嬉しいんですけど……」
「あっ、俺も付き添うの?」
瑞穂の意外な切り返しに、和田マネージャーは目を丸くさせた。
「はい」
苦笑いを保ったまま瑞穂は頷くと、続きを語る。
「昨日も、ネットで検索とかしてた時に思ったんですけど、大手の電器屋さんならともかく、小さな電器屋さんとかだと、ちょっと不安なんですよね。
名前がそんな知られてないから、もしかしたら何かされるかも、っていうか……。
もちろん、和田マネージャーのお知り合いを疑う気はありません。
けど、女独りで住んでる部屋に、知らない男の人が入ってくるってのは、さっきも言ったように少し抵抗と不安があるんです」
女独り身の部屋に訪れる、見知らぬ男性。
天授と言ってもいい、和田マネージャーからの提案に瑞穂が難色をしめしたのは、この懸念材料が原因であった。
もちろん、和田マネージャーの知り合いであるから、仮に自分と二人きりという状況になっても、特に何か起こる事はないであろう。
が、瑞穂はそのミリ単位の「懸念材料」を取っ掛かりとして、どうにか和田マネージャーとの距離を縮めたい、という思いもあったのだ。
「そういうモノなのかね……」
さすがに、強引すぎたらしく、和田マネージャーは「想像出来ない」といった様子で腕組みをすると、斜め上を見つめたまま、しばらく黙りこむ。
「でも、まぁいいか」
そして、結論が出たのか、和田マネージャーは瑞穂に視線を戻すと、笑顔を浮かばせながら語った。
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