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●ドキドキ
地獄のような連日の熱帯夜に耐え、ようやく迎えた土曜日。
瑞穂は、国道沿いのドトールのテーブル席でアイスコーヒーを飲みながら、待ち人である和田マネージャーを、チラチラと入口に目をやりながら待っていた。
自動ドアが開く。
「いらっしゃいませ」と、型通りの言葉を発する店員。
朝焼け前の夜空を想起させる、蒼いシャツ。
ディッキーズのチノパン、vansのスニーカー。
普段見る、ポール・スミスのスーツ姿とはまた違った和田マネージャーが、そこにはいた。
何気ない私服であったが、和田マネージャーが着るとそれは、瑞穂の心を捕らえて離さない、魅力的なモノへと変化する。
時刻は、9時50分。
待ち合わせ時刻の、10分前であった。
「早いね。
ゴメン、ひょっとして待ったんじゃない?」
和田マネージャーは、ハムチーズとアイスコーヒーが載ったトレイを持ちながら歩み寄ってくると、開口一番瑞穂に尋ねた。
「いえ、私も本当に今、来たトコでしたから」
瑞穂は手を振り、和田マネージャーの弁を否定する。
「それなら、良かった」
和田マネージャーは安堵の表情を見せると、瑞穂の向かいの席に腰掛け、アイスコーヒーにシロップを入れる。
「しかし、昨日も暑かったよね。
高畑さん、大丈夫だった?」
「ホント、最悪でした……」
ふぅ、とため息をついた後、瑞穂はしかめっ面で言葉を継いだ。
「一昨日はまだマシだったんですけど、昨日は昼間に雨が降った、っていうのがあったからですかね?
部屋の中がサウナみたいにジメジメしてて、夜中に何回も目が覚めましたよ。
で、少しでも何とかしようと、濡れタオルで身体拭いたりとか、冷感敷きパッドを買ってきたりとかしたんですけど、ホント『焼け石に水』って感じでした。
汗、全然止まらなかったですし。
明日から、また涼しくなるみたいですから、取り敢えず熱帯夜からは解放されるんですけど、夏、この状態がずっと続くと考えたら、頭が痛くなりましたよ。
だから、電器屋を紹介する、って言ってくれた和田マネージャーには、感謝しています。
また暑くなって、あの熱帯夜が来たら、この間和田マネージャーが言ってたみたいに
『暑くて寝れなくて、仕事出来ませーん』
って、ホント言いかねない状態でしたから」
「そりゃ、危ないトコだったわ」
ストローで、アイスコーヒーをかき混ぜていた和田マネージャーは、笑い声を上げる。
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