●ドキドキ

1/3
前へ
/285ページ
次へ

●ドキドキ

地獄のような連日の熱帯夜に耐え、ようやく迎えた土曜日。 瑞穂は、国道沿いのドトールのテーブル席でアイスコーヒーを飲みながら、待ち人である和田マネージャーを、チラチラと入口に目をやりながら待っていた。 自動ドアが開く。 「いらっしゃいませ」と、型通りの言葉を発する店員。 朝焼け前の夜空を想起させる、蒼いシャツ。 ディッキーズのチノパン、vansのスニーカー。 普段見る、ポール・スミスのスーツ姿とはまた違った和田マネージャーが、そこにはいた。 何気ない私服であったが、和田マネージャーが着るとそれは、瑞穂の心を捕らえて離さない、魅力的なモノへと変化する。 時刻は、9時50分。 待ち合わせ時刻の、10分前であった。 「早いね。 ゴメン、ひょっとして待ったんじゃない?」 和田マネージャーは、ハムチーズとアイスコーヒーが載ったトレイを持ちながら歩み寄ってくると、開口一番瑞穂に尋ねた。 「いえ、私も本当に今、来たトコでしたから」 瑞穂は手を振り、和田マネージャーの弁を否定する。 「それなら、良かった」 和田マネージャーは安堵の表情を見せると、瑞穂の向かいの席に腰掛け、アイスコーヒーにシロップを入れる。 「しかし、昨日も暑かったよね。 高畑さん、大丈夫だった?」 「ホント、最悪でした……」 ふぅ、とため息をついた後、瑞穂はしかめっ面で言葉を継いだ。 「一昨日はまだマシだったんですけど、昨日は昼間に雨が降った、っていうのがあったからですかね? 部屋の中がサウナみたいにジメジメしてて、夜中に何回も目が覚めましたよ。 で、少しでも何とかしようと、濡れタオルで身体拭いたりとか、冷感敷きパッドを買ってきたりとかしたんですけど、ホント『焼け石に水』って感じでした。 汗、全然止まらなかったですし。 明日から、また涼しくなるみたいですから、取り敢えず熱帯夜からは解放されるんですけど、夏、この状態がずっと続くと考えたら、頭が痛くなりましたよ。 だから、電器屋を紹介する、って言ってくれた和田マネージャーには、感謝しています。 また暑くなって、あの熱帯夜が来たら、この間和田マネージャーが言ってたみたいに 『暑くて寝れなくて、仕事出来ませーん』 って、ホント言いかねない状態でしたから」 「そりゃ、危ないトコだったわ」 ストローで、アイスコーヒーをかき混ぜていた和田マネージャーは、笑い声を上げる。
/285ページ

最初のコメントを投稿しよう!

351人が本棚に入れています
本棚に追加