序章:旅の勇者と押しかけ少女

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序章:旅の勇者と押しかけ少女

声が聞こえる ―さくちゃん!こっちこっちー!! ―つきちゃんと一緒に作ったの!どうかな、似合う、かな? 声が聞こえる ―朔、防御は、背中は任せて ―…どうしたの?今日は甘えんぼさんだね 声が、聞こえる ―その身に千の呪いを刻め さすれば… 「さく…、朔…、朔夜様!!朝ですよ!!」 「っ!!」 突き刺すような高い声に体が跳ねる のろのろと体を起こすと隣に背の低い少女がちょこんと座っていた 淡い緑の短髪と深い緑の瞳、動き易いよう裾を帯に差し込んでいて膝下丈の洋袴が見えている 「お前、誰だっけ」 「薄明ですって!!!3日目ですよ?!いい加減覚えてください!」 「あー…」 薄明。3日前立ち寄った村が魔物に襲われていた為助けたら、何故かそれから俺の旅に同行しようと追いかけてきた娘だったな 「お前まだ帰らねぇの」 「それも15回目です!お供させてくださいと再三再四申し上げています!寝起きでしたらそこの川で顔洗ってきてくださいよ!!」 「いや流石に寝起き悪くてこのご時世、野宿も勇者も務まらねぇよ」 ガシガシと頭をかいた 10年以上前、この国に魔王が現れた 魔王は魔物と呪いを吐き散らしながら勢力を拡大しこの国を魔物の楽土とせんと人々を殺し、呪った 全てはおとぎ話のような、世界征服のため 「それは、存じております。1年前、10年以上暴れ回っていた魔王討伐を果たした勇者、朔夜様。この国に知らぬものはおりますまい」 「…まぁ、自ら名乗ったことはねぇんだけどな」 1年前魔王は死んだ。俺が殺した 死に際に大量の呪いと魔物を吐きながら おかげで未だに魔物被害は衰えず、呪いに苦しむ人は絶えない ―今の俺には好都合だが 「そうだ!勇者様とあろうお方が魔物が出るかもしれない道を少女1人で返すなんて致しませんよね!」 「あぁ、護符書いてやるよ」 「えっ?!いや、」 「お前の村からここまで森だったな…」 「えっいやあの、」 青い色札と筆入れを出しさらさらと文字を紡ぐ 「ほい、めっちゃ効くぞ」 「あ、ありがとうございます…」 「寄り道せず来た道通りに帰れよ」 「いやあの!そうだ、朔夜様、朝ごはんに魚を釣って焼いておきました!どうぞお召し上がりください!ささ!!」 満面の笑みで薄い胸を叩きながら魚を差し出す 「はぁ…じゃあ、遠慮なく」 しぶしぶ、本当にしぶしぶそれを受け取った 「ところで、お前幾つだ?」 食後、出された茶をすすりながら薄明を見た 「14ですが」 「っ!!」 「大丈夫ですか?」 「ゲッホ…おま、はぁ?」 「朔夜様はお幾つですか?」 「…25」 「あら意外と年上」 「いや今すぐ帰れよお前!俺が犯罪だわ!」 「この国に年齢に関する法などございましたっけ?」 「気持ちの問題だよ!親御さんだってっ、」 言いかけて、口を噤む 「大丈夫ですよ、両親は魔物に殺されていませんから。朔夜様が村にいらっしゃる少し前に」 静かに笑う薄明を前に、 深く草木の香りを吸い込んで座り直した 「朔夜様?」 懐の煙管入れから煙管を取り出し葉を詰める 空に字を書き火をつけた (すごく自然に魔術つかってる…すご…) 「薄明」 「ひゃい!」 ふぅっと薄明と逆方向に息を吐いた 「何故同行したい」 「えっ」 「内容によっては追い返すし、同行を許可しよう」 「っ!それは…」 「両親の仇か」 「それは、」 「魔物が憎いか?…それとも助けられなかった俺が憎いか?」 「それは、それは違います!確かに魔物が憎くないと言えば嘘になりますが、朔夜様は違います!道中偶然立ち寄った村を丸々全部救って頂いて、本当に感謝しています。朔夜様が居なければ私もそのうち死んでいたでしょう」 「じゃあ村人と折り合いが悪いのか?それなら知り合いの村を紹介するが」 「いえ、村の皆は優しいです。孤児になった私にもよくしてくれました…」 「じゃあ何故だ」 「…1つはこれです」 背中に背負っていた大きな本を下ろした 「気になってはいたが、これは…魔術書だな」 「はい」 魔術書。人間が魔物に対抗したり呪いを扱うことの出来るようになる魔術具の1つ。魔術因子を持つ人間にしか扱えず、因子があっても使いこなせるものは少ない。 「祖母の形見で、祖母はこれを使って召喚術を使っていたそうなんですが私は祖母を知らないので…」 「成程な。魔術因子は遺伝によるものが大きい。お前のは隔世遺伝というわけか」 口伝で受け継がれ損ねた能力 「はい、両親ともそういうのはできなくて、村の皆も今使える人はいなくて、でもこれが使えたら両親を、村の皆を守れたんじゃないかって思ったらいても立ってもいられなくて、」 「俺も流石にこの魔術書全部解読するのは無理だぞ」 「わかっています!1から10まで朔夜様に頼りたい訳では無いです!でも村に居ても何も変われない…お願いします、お供させてください!」 「はぁ…それで?もうひとつは?」 「へっ?」 「さっき1つはって言っただろ、つまり他にも最低1つは理由があるんだろ」 「うっ、それは…」 ザワッ… ほんの少し無秩序に木々が揺れた 「…続きはあとだ」 「えっ」 「お前向こうの木陰に隠れてろ」 「はっ、はい」 少しづつ、木々の影が黒く伸びる アアアアアアアア!!!! 現れたのは、黒く黒い、泥のような塊 そこかしこに黄色い目が見開いている 「ちっ、なり損ないか。めんどくせぇ」 呪いと魔物のなり損ない 呪いが先か魔物が先かはわからないが、不安定なそれを同じく不安定なそれが飲み込みできる半端者 物理攻撃が効かず術士にしか対応ができない 放っておけば人や魔物を飲み込みさらに巨大化する ギャアアアアアア!!! 黒い泥を腕のように伸ばす 「当たるかよ鈍足」 素早く後方に跳躍 「黒か、闇か水か…」 アアアアアアアア!!!! ひらりひらりと黒い玉を避け 「とりあえず金で行くか」 靴底が地面を削った 真正面に立ち指で空に書く ―金― ギャアアアアアア!! 縫いとめられたように動きが止まった 「あー、なんにすっか…」 ギギギヒギヒギ… 金の字上に指をおき一声 「光あれ」 ギャアアアアアア!!! 一帯が天から降り注ぐ光に包まれた 光に溶かされなり損ないがどろりどろりと溶けていく 「よし、このまま、」 パキ、 「馬鹿!」 顔を出した薄明の気配に溶けかけのそれがぐりんと目を向いた 足元に素早く字を書き震える薄明の前に立つ 「朔夜さ、ごめ、」 「そういうのは後だ!」 アババアアガアアアア!!!! 出鱈目に突撃してくる黒い泥の前で手を広げ (だめだ、これじゃ押し負ける!) 胸元から白い布札を取り出す (悪ぃ茜、力を借りる!) 「五行五色!白色、金!」 キィィン!!リィン… 劈くような金属音と一瞬の鈴の音 「朔夜、様?」 ドサッと地面に腰を下ろす 「朔夜様!大丈夫ですか?!」 「…はぁー、守りながら戦うのはしんどいわ。俺は防御と回復が苦手なんだよ…」 線をひいたかのような足先数センチに黒い染みが広がっていた 「本当にありがとうございました。これ、先程襟巻落とされましたよ」 「あぁ、さっき飛んだ時か」 「そういえば、それが朔夜様の魔術書ですか?」 「っ!!」 肌身離さず巻いている襟巻の下 首から下げた小さな本が見えていた 「これは、そんなんじゃねぇよ」 襟巻をひったくって素早く巻き直す 「じゃあなんなんですか?」 「これは…古文書だ」 「古文書?何について書かれているんですか?歴史?」 「歴史といえば、まぁそうだな」 「じゃあなんのっ、あだっ!」 脳天に手刀がおちた 「喋る暇があったら準備しろ、日の出てるうちに少しでも進むぞ」 「えっ、じゃあ、ついて行ってもいいんですか?!」 「嫌なら帰れすぐ帰れ」 「ありがとうございます!朔夜様!」 「抱きつくな!準備しろって!」 ―あと、780…
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