ピース

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ピース

ぼくのお母さんはおしごとがいそがしいから いつもおむかえは おともだちの中でいちばんさいごだ。 でもその日は いつもはぼくよりもおむかえが早いかっちゃんが ぼくといっしょに夜までのこっていた。 先生に言われてつみ木の箱をかたづけていたら 「しんじ!」 と手まねきされたので 「なあに?」 と かっちゃんのところへ行った。 でも、かっちゃんは 「明日」 と言ったきり、だまってしまった。 「明日がなあに?」 と聞いたとき かっちゃんのお母さんがむかえに来た。 かっちゃんは 「なんでもない! またな!」 と、走ってお母さんのところへ行ってしまった。 次の日、ほいくえんはお休みだったので ぼくはお父さんとお母さんと ゆっくり朝ごはんを食べていた。 お皿をかたづけてくれていたお父さんにむかって お母さんがはなしかけた。 「かっちゃんのところ、今日おひっこしですって!」 ぼくはびっくりして、お母さんにきいた。 「かっちゃん、ひっこすの? いなくなっちゃうの? ぼくきいてない! ぼくきいてない!」 お母さんが言った。 「お母さんも今日聞いたのよ。さみしいね。しんちゃんは、かっちゃんとなかよしだものね」 ぼくは…ぼくは…… 「おわかれを言ってきたら? まだまにあうよ!」 お母さんが言った。 ぼくは走って かっちゃんのいえのまえまで行った。 かっちゃんのいえのまえには ひっこしやさんの大きなトラックがとまっていた。 「かっちゃん! かっちゃん! かっちゃん!」 ぼくは 今までいちども出したことがないくらい大きなこえで かっちゃんをよんだ。 「かっちゃん! かっちゃん! かっちゃん!」 ぼくは なみだでぐちゃぐちゃになったかおで かっちゃんをよんだ。 「しんじ、泣くな! わらえ!」 そう言ってかっちゃんが からっぽになったおうちから出てきた。 かっちゃんは、おこったようなかおをして 「これ、やる」 と、かっちゃんがいつも持っていたおもちゃを ぼくのまえに、らんぼうにつき出した。 そして 「てがみかく。あそびにこい」 って言って、さっさと車のほうに行ってしまった。 てのひらをギュッとにぎりしめて ずっと下をむいて行ってしまった。 「かっちゃん! かっちゃん! かっちゃん!」 「かっちゃん! かっちゃん! かっちゃん!」 もう、どんなによんでも ふりむいてくれなかったけれど かっちゃんが かっちゃんのお母さんの車にのるときに うしろにまわした手で そっとピースしてくれたんだ。 しんじ 泣くな! わらえ! かっちゃんは車にのってしまったけれど ぼくにはちゃんと聞こえたんだ。 ぼくはなんどもなみだをふきながら いっしょうけんめいわらった。 やっぱりぐちゃぐちゃなかおだけれど それでもいっしょうけんめいわらった。 そして かっちゃんの車が見えなくなるまで ぼくはずっとピースをしていた。 車が見えなくなっても ずっとずっと、ピースをしていた。
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