送り犬

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 そして、その帰り。いつものように駅の改札を出ると、またあの犬を見かけたんですよ。  ああ、あの犬だ。今日はどんな人を待ってるのかなあ……?  もう、毎度違う人を出迎えることについて、何も疑問に感じないくらい慣れっ子になっていたK君がいつものように眺めていると、不意にその犬と自分の目が合ったんです。  すると、急に犬が動き出して、なんだか自分の方へ向かって来ているような感じなんだ。  いや、まさかな……と思ったんですが、明らかに真っ直ぐ自分めがけて駆け寄って来てるんです。  それも、うれしそうに尻尾を振って、これまでにお出迎えをしていた人達同様になんとも人懐っこい感じなんですよ。  K君も別に犬が嫌いな方じゃなかったんでね。ああ、よしよし…とじゃれてくる黒犬を撫でてやりながら、あれ? 自分のことを誰か家族と間違えてるのかなあ? と最初はそう思ったんですが、これまでのことを振り返って考えている内に、ああ、そうか。そういうことか……と、出迎える人物が毎回違っていた理由にはたと気づいたんです。  ははあん…この犬、別に家族を待ってるわけじゃなくて、こうして駅前で犬好きそうな人間を見かけると、駆け寄って行って遊んでもらってるんだなあ……と。  首輪はしてませんが、黒い毛並みも光沢があって綺麗ですし、野良犬って感じでもない。どこかこの近所で飼っている犬なのか? きっとこの駅前がかっこうの遊び場なんでしょう。  ああ、よしよし。それじゃ、もう帰らなきゃいけないからまたな……。  これまでの疑問が解消し、なんだかスッキリした心持ちのK君は、ひとしきり犬を撫でてやってから別れを告げると、家へ向かって歩き出したんです。でもね、歩き出したK君の後を犬もそのままついてくるんですよ。  ああ、そうか。今まで見ていたのはこういうことだったのか。あれはご主人様を迎えに来て一緒に帰っていたんじゃなく、まだ遊び足りなくて後をついて行ってたんだな……。  なあんだ。ただ単にそれだけのことだったのか。ぜんぜんハチ公じゃないじゃないか……と、K君改めて納得すると、なんだか自分の勝手な思い込みがおかしくなってきたんですね。  犬はまだ後をついて来ますが、まあ、この近所の犬だろうし、その内、諦めてどっかに行くでしょう。  K君は独り密かに笑みを浮かべながら、そのまま家路についたんです。
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