01 のさばる悪を何とする

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01 のさばる悪を何とする

 灰色の凍えるような風が、山あいに広がる小さな宿場街をざわめかせていた。  このあたり一帯を治める貴族ザックラーは領内の見回りがてら、自らの足で屋敷と町を往復することを、ここ最近の日課としていた。  いや……実のところ、それは方便だ。真相は、最近あまりに酒の飲み過ぎで下腹が出てきたため、ただ歩くだけでも少々不便を感じるようになり、使用人や領民にも格好がつかないので密かに運動をするようになったというだけのことだった。  最初のうちこそ安全のためお供をつけたりもしていたが、歩く速度も違えば息切れも早いということに我ながら情けなくなってしまい、意地を張って早い段階からひとりで行き来をするようになっていた。  家族には心配もされたが、正直この太平の世で何を警戒するのかとザックラーにはいまいちピンと来ない。自分の様な人間が下腹を肥やしても充分やっていけるのが、何より平穏の証ではないか……そんな風にしか思えなかった。 「――ザックラー公爵殿とお見受けする」  突然、前方の暗がりで声がした。腐っても貴族、ザックラーは腰の剣に手をやろうとしたが……突き出た腹が邪魔でなかなか剣を抜くことが叶わない。  刹那、何か半透明のものが視界の隅で瞬いて、顔を上げようとした直後ザックラーの視界が背中側に九〇度ひっくり返った。何故か意に反して寒空を凝視したまま、ザックラーの意識はフッと暗転していき、そして永遠に消えてなくなった。  地に伏した胴体の脇に、生き別れとなったザックラーの頭がボトリと落下して転がる。それから間もなくして、何かを引きずる様な足音が彼の死体の傍へと近づいてきた。
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