04 殺しの旋風(かぜ)・前編

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04 殺しの旋風(かぜ)・前編

 山林地帯を抜け出て、広い荒野に差し掛かったところで夜が深くなり、荷馬車隊はその日の行軍を終えることにした。幸いすぐ傍に水辺があって休息にはもってこいだったが、土地柄と季節事情が相俟ってビュウビュウ強い風が吹きつけてきており、カムランとフェルームを含む一行はほとんど常に幌に守られた荷台の中で夜を明かすことになった。 「冷えますな」  カムランは真っ暗な荷台で身を縮こまらせながら、隣にいる筈のフェルームに話しかけた。 「明日の朝には氷漬けになっていそうだ」 「なんの」  フェルームがひどく生真面目な声で返してきた。 「拙僧の知る限り、人はまだこの程度ならば死に申さぬ」 「お役人、もし宜しければ私が寝場所を代わりましょう」  顔を上げると、荷台の奥の方にいた青年騎士がこちらまでやって来ていた。幌の裂け目から月明りが差し込んできて、その目鼻立ちがクッキリと浮かび上がっているのを見ると、思っていたより眉目秀麗な男だという印象を抱かされる。 「私は北国の生まれ故、人よりは寒さに慣れております」 「では、お言葉に甘えて」  カムランは軽く頭を下げ、それまで騎士のいた荷台の奥側へと移動し改めてそこにしゃがみ込んだ。すぐ傍には例の酔っ払いと出稼ぎが、母子と芸人が、それぞれ組になるように眠っていた。酔っ払いは出稼ぎのお陰であれ以来誰かに絡むということは無かったのだが、代わりにひどい大いびきをかいていた。寝ても覚めてもうるさい男である。  少し遅れてフェルームがカムランの方へやって来た。やはり寒さに耐えかねたのかと思っていると、彼はカムランの見ている前で僧衣の上着を脱ぐと寄り添い合って寝ている母子にそっとかけてやり、自分は脇にある空いたスペースに音もたてずに座って目を閉じていた。本当によく気の回る御仁だと、カムランは改めて尊敬の念を覚えた。  それから程なく、カムランは少しずつ眠りに落ち始めた。気のせいでなければ、風の音と勢いが少しずつ弱まっていくように思われた。変わらなかったのは精々、酔っ払いのガアガアといういびきぐらいである。時折、誰かが立ち上がっては馬車を出て行く様な音が連続したかと思えば、徐々に外が明るくなっていくのを浅い眠りの中でカムランは感じていた。  そんな矢先に、 「ぎゃあああああああーっ!」  いきなり何処からか凄まじい悲鳴が聞こえて来て、カムランを含む馬車中の者たちは一斉に叩き起こされる羽目になった。 「なっ、何事だっ!?」  青年騎士が荷台の出入り口付近で寝ぼけ眼をしている中、その傍らを潜り抜けてフェルームがあっという間に外に飛び出していった。  他の者たちも不安な顔をしながら三々五々起きだす中、カムランは自らも荷台の外に出ると声がしたと思われる方向に見当をつけ、急ぎフェルームの後を追って行った。  見れば、例の商人らしき太った男の乗っていたグリーン馬車に御者たちの人だかりが出来ている。どうやら御者の一人は腰を抜かしてフェルームに介抱されているようだった。何か嫌な予感を覚え、彼ら越しにそっとグリーン馬車の荷台をのぞき込んだ瞬間、カムランはたちまちウッと吐き気が込み上げるのを堪える羽目になった。  いかにも高級そうな衣類や布製品を積んだ荷台内部が飛散した血糊で赤黒く染まっており、その中でカッと目を見開いた男が自らの商品に埋もれながら絶命していたのだ。 「旦那さまっ、旦那さまっ!?」  カムランたちが言葉を失っていたところ、そこへ何故か例の出稼ぎの男が血相を変えた様に駆けつけて来た。取り乱してはいるものの、口調は一転して丁寧なものだった。これは一体、どうした訳なのだろう。 「ああ、旦那さま……何ともおいたわしい。よもや、よもやこのようなお姿に!」 「もし、どうか落ち着かれよ。そなたとこの者は、一体どのような間柄なのだ?」  立ち上がったフェルームが、努めて冷静にそう訊ねる。 「差し支えがなければ、そなたの本当の身分をお聞かせ願えませぬか」 「……私は、この旦那さまが取り仕切るセヤン商会の番頭にございます。私共は、かねてより何者かの脅迫を受けていたのでございますが、まさか本当にこのような……」 「……カムラン様」  男が二の句を告げなくなるのと入れ替わりに、フェルームが静かだが何処か有無を言わさぬ口調でカムランに告げてきた。その低い声音に、カムランは思わず息をのむ。 「御者頭を、ただちにここへ呼んできて頂けますか。現場の検分をするにも立会が必要です。それとこの場に集まった者たちへ、良いとは言うまで決して動かぬよう、速やかに申し伝えて下されば」  カムランは即座に頷いて、言いつけ通り御者頭を呼びに走った。  迅速に行動できたのは、フェルームが言うならばこの上なく適切な対処なのだろう、という彼に対する信頼がひとつ。だがもうひとつは、彼の放つ研ぎ澄まされた雰囲気がカムランには少しだけ恐ろしく感じられたというのがあった。何故か。  僧侶フェルーム。彼はカムランの命を救った大恩人であると同時に、かつては数えきれない程の命を奪い、王都を長年にわたって震撼させた裏社会きっての殺し屋『鮮血のフェルーム』その人だったのである……。
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