05 殺しの旋風(かぜ)・後編

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05 殺しの旋風(かぜ)・後編

「先日来、私どもの商会にこのような脅迫状が舞い込んでいたのです」  フェルームが犯行現場および、その周辺の検分を終えると、出稼ぎ改め番頭の男は少しだけ落ち着いたようになり、懐に隠していた手紙を出して事の起こりを詳細に話し始めた。  フェルームおよび御者頭と共に、カムランは預かった手紙に目を通してみて、そのあまりに穏やかならざる文面に眉を潜めさせられた。 「これを書いて寄越した者は、頭の中が何か虚妄の類に満ちているのではありますまいか」  フェルームもおおよそ同意見のようだった。 「そなたたちがまるで、世の不幸全ての根源とでも言うべき書きぶりだ」  その手紙は有体に言えば、王政が腐敗しているのは一部の大商人と王侯官僚との癒着こそが大元の根であり、自らはその不正義を戒め正すためこの手紙を書いて送っているのだ、という趣旨のものだった。差出人名は『ジパン国精霊党』とある。  王政の腐敗云々は別として、少なくともセヤン商会にとっては、このような手紙を一方的に送られるのは言いがかりに等しいことだった。第一、精霊党など聞いた事もない。  特筆すべきは、手紙が後半へ行くにつれて文面の主張する糾弾の根拠がどんどん現実とかけ離れていくことだった。書き手の妄想がいつの間にか客観事実とすり替わり、元は推定だった主張が知らぬ間に断定へと置き換わり、しまいには商会を畳まないと精霊の怒りに触れて一族郎党が死に絶えるのみならず、国家滅亡が到来するとまで言い出す有様だった。 「こんな内容が、数日に一度は届くものですから、私どもの主人はすっかり気を病んでしまいまして」  番頭は肩を落としたまま続けた。 「せめて気晴らしに、湯めぐりを提案したのでございます。私もああして身分を偽りまして、不審な者が出入りしないか常に警戒していたのです。ですが、やっと帰路へ着いた矢先にこのような事態が……」 「事情はよく分かり申した」  フェルームは慰めるように番頭の肩に手を置いた。 「然るのち、拙僧めがしっかりと弔いをしてしんぜましょう」  番頭に付き添って彼が元の荷馬車に戻るのを手伝ってから、カムランはフェルームと御者頭の元に舞い戻って、改めて訊ねることにした。 「下手人は、やはり手紙の差出人と同一でしょうか」 「正直まだ分かりませぬ。だがそれより、もっと火急の問題が御座いまする」 「と、申しますと」 「拙僧どもの足元をご覧ください。何か違和感を覚えませぬか」  言われて地面に視線を落としたカムランはしばらく眺めてから、思わずあっと声を上げた。御者頭も続くように目を丸くする。どうやら彼も気が付いたようだ。 「地面の色が、あちらとこちらで明確に分かたれていますな」  御者頭の言葉にカムランも頷いた。 「我らのいるこの白い地面を、比較的新しい茶色い砂がまるで取り囲むように、ぐるりと辺り一面に降り積もっている。これは一体どうした訳です」 「風魔法の防壁が同心円状に広がって、吹きつける砂埃を一晩中、阻んでおったのでしょう。発生源はおそらくあれです」  フェルームは今一度、被害者のいたグリーン馬車に目をやった。 「風の魔法石によって見えない壁を作りだし、外からの侵入や衝撃を弾く……だがその源は、魔法石に元から溜まっていた力より、車体に浴びた自然の風を変換したものが殆んどであると訊き及びます。そして昨晩吹いていた、あの強い風です。余分な力で防壁が巨大化し、馬車を複数まとめて飲み込んだとしても不思議はない」  フェルームはそう言って、周囲をぐるりと見回した。 「いわば拙僧どもは、巨大な風のドームに一晩中隔離されて、孤立しておったのです。調べたところ、中にあった馬車は計三つ。犯行現場が一つと、それを中心に前後で停まっていた二つです。だが後ろの荷台は、乗客もいなければ人の隠れる余裕さえなかった。つまり、」  カムランはようやく、フェルームの言いたい事が飲み込めてきた。冷や汗がつうっと静かにカムランの頬を流れ落ちていく。 「下手人はおそらくですが、拙僧どもと同じ荷台に乗っていた者の誰かなのです」 「お坊さま、この荷馬車隊を預かる者としてどうかお願いいたします」  昨日フェルームに助けられた御者頭が、改めて彼に頭を下げると言った。 「こうした事態には大変頼りになられると、こちらのお役人さまに訊かされました。正直申し上げて何のお礼も出来ませぬが、次の町まで安全に辿り着くためにも……」 「どうか顔を上げられよ。元よりそうする所存であった」  しばらくぶりに優しい声音を訊いて、カムランは正直ホッとした。元殺し屋なる経歴は当然伏せたが、フェルームが自分を救った話を勝手にして良かったか、内心不安だったのだ。 「殺しによって為される正義など、断じて認める訳にはいかぬ」  とはいえ馬車に向いた彼の眼光を見た瞬間、やはり止せば良かったかとカムランは思った。
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