最後に決めるのは自分

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「何故にあのような暗愚たる殿のために命を捨てることに…… なったのだろうか」 内蔵助がこう考えながら饂飩屋久兵衛の窓から外を見ると、外は雪が止みすっかりと晴れており、満月が降り積もった雪を照らし、埃及(エジプト)の砂丘を思わせるぐらいに輝いていた。  店の前では(元)浅野家家臣こと赤穂浪士四十五人が整列しており、内蔵助による出陣の号令を今か今かと待ち構えている。 「もう、逃げれぬ。と、言うことか」 内蔵助は席からスッと立ち上がった。店主が器を下げながらボソリと呟く。 「仇討ちが認められた後の士官先はお決まりで?」 そう、この当時仇討ちは(ほまれ)であった。仇討ちを成しても正当な理由さえあれば罪に問われないのだ。今回の場合、乱暴な言い方をすれば、主君の仇討ちを成した忠義の士として、浪人となった(元)浅野家家臣達に用意された士官の為の自己アピール手段であった。  ただ、仇討ちは「親兄弟」のような家族のみに適応されるもので「主君」の場合は適応されるかどうかが曖昧であった。これまで認められた仇討ちは「家族」を殺されたもののみである。 江戸の民達も仇討ちのことは知っており「どうせ切腹にはならないだろう」と気軽に言っていただけであった。侍だの武士だのと言った下りは枕詞のようなもので「侍とはこんなものだろう」とよくわかりもしないのにつけていただけである。 今、目の前に集まっている四十五人の中にも「仇討ちであれば切腹にはならない」と次の士官先は赤穂藩より大きなところがいいなぁと気軽に考えるものがいた。内匠頭の無念を晴らすと考える忠義の士は皆無と言ってもいいだろう。 瑶泉院に関してだが…… 夫の恨みを元家臣達に晴らさせようとしているだけである。武家の娘として家臣は仇討ちをして当然と考えていると言った方がいいだろう。 内蔵助は全員分の勘定を済ませた後、腹を決めたように呟いた。 「大将、人を殺せば外道へと堕ちる。どんな理由があろうとな」 「へい」と、主人は適当に相槌を打つ。右から左に流してしまい、ほぼ聞いていない。 「蕎麦、美味かったぞ」 「これはどうも」 「達者でな」
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