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好きになること
頭から離れない……
君があんな風に女の人と話すなんて……
目を閉じる度に思い出して、胸が締め付けられてしまう。
苦しい……
ねえ俊也……、僕は君が好きなんだ。
きっと、出会ったあの日からずっと好きなんだ。
やっと自分の気持ちに気付いたのに、こんな気持ちのまま君に会うのが怖い。
結局、眠れぬ夜を過ごした……。
鏡に映る自分の顔を見て、更に気持ちが沈む。目は真っ赤に腫れ上がり、顔は浮腫んでいるせいでパンパンだった。
君は男……、僕も男……。
初めから何も始まるわけがなかったんだ……。
期待してたわけじゃない……。
だけど、僕は……
自分の気持ちの大きさに改めて気付かされた。
*************
―昼休み―
僕は迷っていた……。
あの場所に行くのが怖い……。
君に会いたいのに、会ってしまうといつも通りに接することができないんじゃないかと思うから……。
それなのに、やっぱり僕の体は自然とあの場所へと向かっている。
君に会いたい……。
ただ、それだけ……。
よく晴れた空、眩しい太陽が照りつける。
その中を歩いていく……。
ードキッー
高鳴る胸……
君はもうベンチに座り、本を開いている。
僕もいつものように、君の向かい側にゆっくりと腰を下ろす。
「晴れたね」
「うん……。そうだね」
「体調は?」
「もう平気……」
顔を上げることができないまま答える。
だって、君は間違いなく真っ直ぐに僕を見てるはずだから……。
「ねえ、何かあったの?」
僕の様子がおかしいことに気付いたのか、問いかけてくる。
「……」
だけど、僕は答えられない。
俯いたまま、グッと唇を噛み締めていた。
こんなのただのヤキモチを妬いている女子みたいじゃないか……。
聞きたいことも聞けずに、嫌われたくないから何も言えない女々しい男……
「いつもと違う……」
君は低い声でそれだけ言うと、パタンと開いていた本を閉じて静かに腰を上げた。
僕はハッとして顔を上げる。
そこには、悲しそうに眉を下げて僕を見ている君がいた。
「俺……、何かした?」
「違っ……」
「じゃあ何で……?」
「それは……」
言えない……。
僕はまた言葉に詰まる……。
「何かわかんないけど、そういうのめんどくさい……」
小さく告げると、君は僕に背を向けて歩き出す。
行ってしまう……
引き止めたいのに動かない体……
「待って!」と言いたいのに、言葉にならない声……
気が付くと、君は僕の前から立ち去ってしまった。
こんなことになるのを望んでいたわけじゃない。ただ、君に会いたかっただけなのに……。
自分の感情だけで君に嫌な思いをさせてしまった。僕の勝手な感情だけで……。
君のいない向かい側のベンチが、別の世界にいるような感覚を思わせる。
さっきまで何も変わらずそこにいた君がいない。僕はとんでもないことをしてしまった。大好きな君を怒らせてしまったんだ……。
**************
僕の前からいなくなった日から、君はあの場所へ来なくなってしまった。今日で一週間が経っている。君が来ないとわかっていても、僕は毎日ここに来ていた。
だって、ここは僕たちの出会った場所だから……。
僕が君を好きになった場所だから……。
だけど、このままじゃいけない。一歩踏み出さなきゃいけない。このまま終わってしまうなんて考えられないし、考えたくもない。まだ何も伝えてない。自分の本当の気持ちも、どうしてあの日あんな態度を取ってしまったのかも……。
きちんと話さなければ……。後悔はしたくない……。君を好きになったこと、絶対に後悔なんてしたくないんだ。
だから、僕は決めた。今日、君に全てを話すことを……。
仕事が終わり、僕は何時に終わるかもわからない君を待っていた。
どこで待っていたら会えるのかなんてわからないけれど、とにかく会社の出入り口を一望できるベンチに座ってひたすら待つことしかできない。
どうしても君に会いたいから……。
何時間が過ぎただろう……? 腕時計を確認すると、20時を回っていた……
「もしかして……、もう帰っちゃったのかな?」
不安になった僕は、自分が気づかなかった間に君が帰ってしまったのかもしれないと思い始めていた。
さすがにこんな時間まで残業してるなんてことないよね? でも、もう少しだけ……。もう少しだけ待ってみよう。そう思った瞬間だった……
「あっ……」
思わず声が漏れる。
僕の視線の先には、仕事を終えた君が会社から出てくるところだった。
体が凍ったように動かない……
でも、決めたんだ……
そう言い聞かせて、僕はゆっくりと君に向かって足を進めた。
「あの……」
僕の姿に気付いた君は、真っ直ぐに僕を見つめたまま、その場に立ち止まる。
「話があるんだ……」
「うん……。何?」
僕から視線を逸らすことなく訊ねてくる君に、心臓が破裂しそうなほど緊張している自分がいた。
「この間は、ゴメンなさい……。僕は……あの日、少し気が動転してて……」
「別に……」
何からどう伝えればいいのかわからなくて、僕はまた黙り込んでしまう……。
「何か話があるんだろ?」
見かねた君が、覗き込むように聞いてくる。
それに対して僕は静かに頷くと、ゆっくりと顔を上げた。
すると、目の前には優しい目をした君がいて、スーっと不安だった気持ちが抜けていく感じがした。
そして、僕は自分の思いを話し始める。
「僕が倒れた日、見たんだ……。女の人と仲良さそうに話しているとこ。そしたら、ここがキューって苦しくなったんだ」
左手で拳を握り、心臓を押さえながら僕は言った。
「嫌だったんだ……。他の人にあんな風に笑いかけてる姿を見るのが……。僕だけを見てほしいって思ったんだ……」
自分の本当の気持ちを、震える声で伝える。
「それって、もしかして……ヤキモチ?」
君の質問に、頷く。
恥かしくて顔が見れない……。
「何だ……。俺、嫌われるようなことしたのかと思ってた……」
「そんなっ……、違うっ」
ホッとしたように、力の抜けた声で君が言う。君は何も悪くない。僕が勝手にヤキモチを妬いただけ……。
「あの日は、ああでもしないとすり抜けられなかったんだ……。俺だって、あんなことしたくてしてるわけじゃない……」
「うん……」
「彼女は、俺の部署の女主任で、俺のことを気に入ってくれてるみたいだけど、俺には好きな人がいるから。でも、邪険にはできないだろ? だから上手く交わしたつもりだったんだけど……。まさか君に見られていたなんて……」
参ったと言わんばかりに、髪をクシャッとしながら君が説明してくれた。
あれっ……?
でも、今好きな人がいるって言ったよね?
じゃあ、僕の入る隙なんてどこにもないってこと?
「俺があの女主任(ひと)を好きだと思った?」
君の問いかけに、黙って頷く。
「俺たちの姿を見たとき、悲しかった?」
僕はまた頷く。
「それってもしかして……、俺のことが好きってこと?」
「なっ……」
最後の質問はストレートすぎて、思わず言葉にならない声が出てしまった。
ハッとして君に視線を向けると、何故かワクワクしたような表情で僕をジッと見ている。
見る見るうちに顔が赤くなって全身が熱くなってくのを感じた。
「好き……。僕は君が好きなんだ……」
それでも僕は伝えた。
真っ直ぐに君を見つめながら、自分の本当の気持ちを……。
「俺も、大輝が好きだよ」
「えっ……」
「俺の好きな人。それは、戸田大輝なんだ」
「夢……、じゃないよね?」
思いもよらない言葉に頭が真っ白になっている僕の頬を、君の大きな手が包み込んでくる。
目の前には大好きな君がいて、その瞳には僕が映っている。
「夢の方がいいの?」
「ううん……」
「大輝、好きだ」
「うん……。僕も俊也が好き」
そっと顔を引き寄せられ、僕たちはキスをした。とても優しくて心地よいキス。夢のような出来事だけど、夢なんかじゃない。だって今、僕の前には君がいる。僕に微笑んでる君がいるから……。
あの日、あの桜の木の下で君に出逢ったこと。
君を好きになること。
全ては出会った瞬間から決まっていたんだ。
僕は君を好きになる。
そして、君も僕を好きになること。
完
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