好きになること

気づいたこと

　僕たちが知り合って、もうすぐ半年が経とうとしている。
　何か変わったことといえば、君の配属されている部署が分かったことと、雨の日は別々に過ごしているということだけ。
　毎朝テレビで天気予報をチェックするのが日課になってしまった。雨という結果だと、僕のテンションは一気に下がる……。
　だって、雨の日は君に会えないから。
　今まで天気なんて気にしたことなかったのに、こんなにも左右されてしまうなんて……。

　いつもの場所で読書をしている君が、ふと僕を見た。
「明日は雨みたい……。雨だとここには来れないね」
　君の言葉を聞いて、慌ててスラックスに入っている携帯電話を取り出した。
　天気予報を見ると、雨のマークが目に飛び込んでくる。
「ホントだ……」
　誰が見てもわかるくらいに落胆した表情で僕は言った。
「雨の日は、ここには来ないから……」
　はっきり来ないと言った君に、僕の胸がキュッと締めつけられる。

　さすがに来ないと言った君を探しに行く訳にもいかず、雨の日は別々に過ごすことになった。
　初めて一人で過ごす昼休みは、とても長く感じたのを覚えている。
　一緒に過ごしている時間は、特に話をするわけでもなく、時間が経つのを早く感じてしまうのに……。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　今日は、君に出会ってから何度目の雨だろう……。
　朝、天気予報を見るまでもなく、僕は雨の音で目が覚めた。
　それでもテレビを点けてチェックをする。
「全国的に一日中雨になるでしょう」
　傘をさしたお天気お姉さんが、残念そうな表情で告げている姿を見て、「雷様はイジワルだな……」と呟き、テレビを消してカバンを持つと、傘を握りしめて家を出た。

　電車の中は通勤ラッシュということもあり、ジメッとしている。窮屈な空間に、僕は気分が悪くなり始めていた。
　あと少しで駅に着く……と思ったのに、僕の体は限界だった……。

「おい、戸田大輝！　しっかりしろ⁉︎　おいっ！』
　耳元で誰かが叫ぶ声が聞こえたけど、その声は遠退いていった……。

　目が覚めた僕は、会社の医務室のベッドの上だった。
「ここ……」
「あっ、気付かれましたか？」
　僕に気付いた医務室の先生が、覗き込みながら問い掛けてくる。
「あの、僕……」
「すごい熱で、電車で倒れたみたいですよ。男性の方が運んで来てくださいました」
「男性の方……？」
　僕の脳裏に誰かの呼ぶ声が過る……。何度も名前を呼ばれていた気がする。
「まだ熱が下がってないので、もう少しここで休んでて下さいね」
「あっ、はい……。ご迷惑をお掛けしてすいません」
　そう伝えると、先生はニッコリと笑顔で首を振り、仕事へ戻って行った。
　ベッドで横になりながら、ジッと天井を見つめている。
　窓の外は雨で、今日は君に会えない……。
　ギュッと布団を掴んでいる指先に力を入れた。
　たった一日会えないと思うだけでこんなにも苦しくなるなんて、僕は一体、どうしちゃったんだろう？
　自分の気持ちが見えなくて、戸惑っていた。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　昼休みを知らせるベルが鳴り響く……
　僕は、重たい体をようやくベッドから起こした。
　そして、仕切られているカーテンに手を伸ばそうとした瞬間……
―パサッ―
　という音と共に、カーテンがゆっくりと開かれた。
「あっ……」
「ああ、気付いたの？」
「どうして……ここに……？」
「ここに運んだの俺なんだけど……」
「えっ……？」

　君からの言葉に耳を疑った。
　まさか、ここへ運んでくれたのが君だったなんて……。
　じゃあ、あの時僕の名前を呼んでたのは……君？
　僕は何だか嬉しくて……、熱が出ていることも忘れてしまうくらいにやけてしまってた。

「何で笑ってるの？」
「ううん……別に。ここまで運んでくれてありがとう」
「俺は別に……もう平気なの？」
「うん！」
　にやけていた僕を見て不思議そうな表情で聞いてくる君に、僕はひとつ返事で頷いた。

「そっ……大丈夫なら良かった。じゃあ、また明日……」
「明日は、晴れる⁉︎」
「さあ……」
　元気に頷く姿を見て、すぐに立ち去ろうとした君のその口からは『また明日……』という言葉が放たれて、僕はすかさず晴れるかどうかを問いかける。
　それに対して素っ気なく答えて背を向けた君は、片手を挙げるとカーテンの向こうへと消えて行った。
　僕は、慌てて携帯を取り出し、天気予報をチェックした。

「晴れる……んだ……」

　たったそれだけのことなのかもしれないけれど、僕の心はドキドキしていた。
　君にとっては対したことじゃないかもしれないけど、僕にとっては大切なんだ。
　明日……という言葉がこんなに嬉しい言葉だったなんて……。
　君も僕と過ごす時間を楽しみにしてくれてるって思ってもいいのかな？
　こんな風に感じている自分に戸惑いながらも、僕は嬉しさが止まらない……。
　明日はまたいつものようにあの場所で会えるんだ……。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

　すっかり気分が良くなった僕は、朝の熱が嘘のようにケロッとしていた。
　社員のみんなに挨拶でもして帰ろうと、自分の部署へと足を進めていく。
　突然の出来事で休むことになったこともあり、迷惑が掛かっててもいけないと思ったからだ。
　そんな向かったはずの道のりで、まさかあんなところを目撃してしまうなんて……。

　君のいる部署がもうすぐ見えてくる。ほんの少しくらい覗いたってバチは当たらない。そう思って歩いていくと……

ーズキンッー

　心臓に痛みが走った……。
　自分の好きなタイミングでコーヒーが飲める小さな休憩室の前を通りすぎようとした時……、そこには僕の知らない君の姿があった……。
　女の人と楽しそうに笑っていた……
　女の人の体に優しく触れていた……
　僕の知るはずのない、男の人がいた……
　胸が苦しい……
　ついさっきドキドキした胸が、チクリと釘を打ち付けられるような痛みを感じていた。
　僕は……君が好き？
　まさか……そんなこと……
　気がつくと、僕はその場から走り出していた。

　大人しく真っ直ぐ家に帰っていれば、君のあんな姿を見なくても良かったのに……。
　そして気づいてしまったんだ。自分の本当の気持ちに……。