好きになること

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好きになること

 君のことが頭から離れない……。  君への気持ちに気づいた瞬間から、頭の中は君のことだけしか考えられない。  目を閉じる度に思い出すんだ。  ねえ、大輝……。俺は君が好きなんだ。  きっとあの日からずっと……。  また明日……。その言葉の意味が君には伝わっただろうか?  会いたい……。  これからも変わらずにあの木の下で……。  俺にとってあの時間は、もう生活の一部になっていて、なくてはならない時間だ。  君の反応を見ていると、『どこかで君も……』という期待をしてしまう。  だけど、君は男……。そして、俺も男……。  どこかで一歩踏み出せない自分がいる。  改めて俺は自分の気持ちの大きさに気付いていた。 *************  昼休み。  俺は迷わずあの場所へと向かった。  君に会いたい……。  それだけを思いながら……。  いつもの場所に着くと、いつものように手に持っている本を開き、読み始める。  ふと、空を見上げると、よく晴れた空が眩しい太陽を照りつけてくる。  本当ならこの太陽の光を鬱陶しく思うところだけど、今日の俺は違った。 ードクンッー  高鳴る胸……  君の聞きなれた足音が近付いてくる。  目の前に立ち止まると、いつもと変わらずに向かい側にゆっくりと腰を下ろした。 「晴れたね」 「うん……そうだね」 「体調は……?」 「もう平気……」  君が座ったのを確認すると、俺は自ら声を掛ける。  だけど君は顔を上げることのないまま、俯いて答えた。 「ねえ、何かあったの?」  様子がおかしいことに気付いて、問いかけてみる。 「……」  君は答えない。  俯いたまま、グッと唇を噛み締めているように見えた。  俺にはどうしてこんな態度を取られているのか、検討もつかない。  一体、何が起こってるのか……。  意味のわからなくなった俺は、 「いつもと違う……」  それだけ言うと、開いていた本を閉じて静かに腰を上げた。  君はハッとして顔を上げる。  そんな君を、俺はただ見つめていた。 「俺……、何かした?」 「違っ……」 「じゃあ何で……?」 「それは……」  言い掛けて言葉に詰まる君……。 「何かわかんないけど、そういうのめんどくさい……」  小さく告げると、俺はその場にいることができずに背を向けた。  どこかで「待って!」と言い訳する君を待っていたのかもしれない。  でも、俺がそこからいなくなるまで君の声は聞こえなかった。  決してこんなことになるのを望んでたわけじゃない。  俺はただ、君に会いたかっただけなのに……。  君に何があったのか、きちんと聞くべきだったんだろうか?  でも、今の俺にそんな余裕なんてなかった……。 **************  君の前から立ち去ってから、俺はあの場所へ行くことができないでいる。  行きたいのに行けない現実……。  任された仕事が終わらずに、昼休みもままならないくらい動き回っていた。  主任の命令で……。  毎晩遅くまで残業をして、帰って寝て、朝起きてまた仕事の繰り返し。  あの場所へ行けなくなって、今日で一週間。  君はきっと、毎日欠かさずに来てるだろう。  あんな風に別れてしまったままだから……。  確かにあの日、俺はあの場を逃げ出した。  君があんな態度を取ったのは、もしかしたら俺が何かしてしまったせいなのかもしれない。  嫌われてしまうようなことを、気づかない間にしてしまったのかもしれない。  俺が来ないことも、自分のせいだと責めてるはずだ。  めんどくさいと言い残してしまったこと…。  そのまま会えないでいること…。  もう君は俺のことを忘れてしまってるんじゃないかという不安さえ頭を過る。  あと少しで仕事も落ち着く。  そしたら必ず君のところへ会いに行こう。  俺たちが出会ったあの場所へ…。  だって、このままじゃ終われない…。  一歩踏み出さなきゃ…。  このまま終わってしまうなんて考えられないし、考えたくもない。  まだ何も伝えてない。  自分の本当の気持ちも、どうしてあの日あの場所からの逃げ出したのかも…。  後悔したくない…。  君を好きになったこと、絶対に後悔なんてしたくない。  ようやく任されていた仕事が終わり、腕時計を見ると、夜の20時を回っていた。  これで、ようやく明日はあの場所へ行くことができる。  君は変わらずにベンチに座っているだろうか?  それとも、もう今までのように君に会うことはできないのだろうか?  もしも明日…、君があの場所にいたとしたら、俺は必ず伝えよう。  君のことが好きだということを…。  エレベーターに乗り込み、会社を出るために出口へと向かう。  出口の扉の前に立つと、自動的にドアが開いた。 「あの…」  少し歩いたところで、小さく声を掛けられる。  すぐに君だとわかった。  俺は、目の前にいる君を真っ直ぐに見つめたまま、その場に立ち止まる。 「話があるんだ…」 「うん……、何?」  君から告げられた言葉に、視線を逸らすことなく訊ねるも、俺の心臓は破裂しそうなほど緊張していた。  今、ここに君がいることが信じられなくて、何を言われるのかもわからずに緊張だけが募っていく…。 「この間は、ゴメンなさい…。僕は…あの日、少し気が動転してて…」 「別に…」  君の口から発されたのは、あの日のことだった…。  謝ってきた君にどう反応していいのかわからなくて、少し素っ気なく返事をしてしまう。  すると、また俯いて黙り込んでしまった。 「何か話があるんだろ?」  さっきとは違い、静かな口調で覗き込むように問い掛けると、君は頷き、ゆっくりと顔を上げた。  俺の顔を見て、安心したような表情を見せると、話し始める。 「僕が倒れた日…、見たんだ…。女の人と仲良さそうに話してるとこ。そしたら…、ここがキューって苦しくなったんだ」  左手で拳を握り、心臓を押さえる素振りをしている。 「嫌だったんだ…。他の人にあんな風に笑いかけてる姿を見るのが…。僕だけを見てほしいって思ったんだ…」  震える声で伝えられる思い。  本当に苦しそうに顔をしかめて、悲しそうに眉を下げている。 「それって、もしかして…、ヤキモチ?」  半信半疑で尋ねると、君は縦に首を動かした。  恥ずかしさからか、俯いたままの君…。 「何だ…。俺、嫌われるようなことしたのかと思ってた…」 「そんなっ…、違うっ」  俺はホッとして、思わず力の抜けた声が出た。  でも、これって…。  ヤキモチを妬いたということは、もしかして君は俺のことが好き…? 「あの日は、ああでもしないとすり抜けられなかったんだ…。俺だって、あんなことしたくてしてるわけじゃない…」 「うん…」 「彼女は、俺の部署の女主任で、俺のことを気に入ってくれてるみたいだけど、俺には好きな人がいるから。でも、邪険にはできないだろ? だから、上手く交わしたつもりだったんだけど…。まさか見られてたなんて…』  あの時の主任とのやり取りの現場を見られていたなんて…。  ましてや、あんな誤解されても仕方のないような場面…。  俺は髪をクシャッとしながら、きちんと説明をした。 「俺があの女主任(ひと)を好きだと思った?」  俺の問い掛けに、君が黙って頷く。 「俺たちの姿を見たとき、悲しかった?」  君はまた頷く。 「それって、もしかして…。俺のことが好きってこと?」 「なっ…」  最後にストレートな質問を投げ掛けた。  確信があるわけじゃない。  でも、君の全ての行動から推測して、気が付くと言葉にしていた。  驚いた君は、言葉にならない声を出し、ハッとしたように俺を見上げてくる。  その様子を、何故かワクワクした気持ちでジッと見つめていた。  見る見るうちに顔が赤くなっていく大輝。 「好き…。僕は君が好きなんだ…」  真っ直ぐな視線で伝えられた想い…。  君の気持ちが本当だということは、見ていればわかる。  俺もちゃんと伝えよう。  自分の本当の気持ちを…。 「俺も、大輝が好きだよ」 「えっ…」 「俺の好きな人…。それは、戸田大輝なんだ…」 「夢…、じゃないよね?」  思ってもよらない俺からの告白に、君は驚きのあまり、戸惑ってるようにさえ感じられる。  そんな君の頬を、そっと自分の手で包み込む。  フニャフニャした頬が、また俺の心をくすぶる。  目の前には、大好きな君がいて、その潤んだ瞳には俺が映ってる。 「夢の方がいいの?」 「ううん…」 「大輝、好きだ…」 「うん…。僕も俊也が好き」  ゆっくりと顔を引き寄せて、俺たちはキスをした。  とても心地よいキス。  薄く目を開けると、ギュッと目を閉じている君の姿が目に入る。  その姿さえ愛しく思える。  こんなにも誰かを愛しいと思える日が来るなんて思いもしなかった。  だけど今、俺の前には君がいる。  俺に微笑んでる君がいるから…。  あの日、あの桜の木の下で君に出逢ったこと。  君を好きになること。  そして、君も俺を好きになること。  すべては運命だったんだ…。  もう何があっても君の前から逃げ出すようなことはしないと心から誓うよ。  だって、俺たちはここからがスタートだから…。 大輝……、ありがとう。 そして、愛してる……。
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