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汚れアイ 12
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本当ならバイトは休みだった。
だけど、我らが頼りになるメガネ副店長が風邪とあっちゃ助けない訳にはいかない。
何より、大好きな店長からの打診とあっちゃ断れない。
なんてイケナイ恋心…
店長に会える喜びに正直、心は踊る。
仕方のない事だ。半年以上も片想いなんだから。
片想いが癖になるって変な響きなんだけど…
店長の一言で浮いたり沈んだり忙しかったせい。だけど…変化が無いわけじゃない。あの人にはキッパリ振られたせいなのか、それよりも威力絶大なプラチナの輝くリングのせいか…。モヤモヤというのにふさわしいフィルターがかかって取れない。多分、これからもずっと。
大学から、一旦ボロアパートに戻ってからバイトに向かう。
電車に揺られながら、毎日見る景色に目を細めた。それから、手にした携帯の燕さんの番号を見つめる。
"聞いて気持ち良い話じゃないから"
それって…なんだったんだろう。
医者まがいの仕事の事…
処理…
前もそういえば発砲事件の後始末とか言ってた…。
それって…店長が言う意地悪で有能なただの医者がする仕事なんかじゃないよね…。
昨日…あの人に何があったんだろう。
改札を出る俺の手には見合わないブランドの緑の傘。
店長の物ってだけで、返すのが惜しまれた。
そんな思いに自嘲した笑みを溢しながら店に入る。
「おはようございまーす。」
事務所でパソコンに向かう店長の背中に声をかける。
ロッカールームから三人のバイトが着替えを済ませて出てきた。
店長は振り返り、俺に軽く手を上げ、事務所を通るバイト三人に声をかけた。
「今日さ、藤田くん風邪で休みだからおまえら、頼むな!」
「副店、休みっすか、了解でぇーす」
「はーい」
「了解っす」
三人が事務所を出ると、俺はロッカールームに入った。
カーテンで仕切られた向こう側から店長が話しかけてくる。
「天馬ぁ〜、悪いなぁ、休みだったのに」
ガチャンとロッカーを開いてリュックを放り込みながら上向いて返事を返す。
「良いですって!あ!傘、ありがとうございました!ここ置いときますね」
「おー。…あ、燕さん、電話繋がったか?」
黒いTシャツに頭を通す途中ビクっと反応してしまう。
もぞもぞとゆっくり頭を出し、裾を引っ張りながら呟いた。
「…つ、つながりました」
暫く間が空いて、優しい声で"そっか"とだけ返ってきた。
俺はその時…
この人を諦めないとならない悔しさに、じんわりと涙が滲んで、だけど…それと引き換えに…
燕さんに
会いたくなった。
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