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汚れアイ 3
3
あれから、燕さんに連れて来られるままにホテルに来てしまった。
誕生日だとか言うから悪い。
そんな軽薄な言い訳がさっきから頭をグルグル回っている。
「詐欺にでもあったみたいな顔だな」
燕さんがヒヒッと笑う。
「そっ…そんなんじゃ…」
「シャワー使えよ」
簡単に言う燕さんに俺は背筋が伸びる思いだった。
「おっ!お先にどうぞっ!」
良い香りの香水が近づいて、ベッドにちょこんと座る俺の前に屈んだ燕さんは俺を覗き込むように言った。
「俺…眠いんだ…誕生日プレゼント、添い寝してくんない?」
「……はい?」
パチパチ瞬きしてから、変な声が出た。
「プッ!アハハ!天ちゃん、エッチな事考えてた?」
「はっ!はぁっ?!かっ考えてませんけどっ!!なっ!何いっちゃってんすかっ?!」
いや、ガッツリ考えてた。
それしか考えてなかった。
しかし、そんな事がバレるわけにはいかない!
俺は店長が好きなんだっ!!
…完全に振られたけど…
「なら、シャワー先に使いな。身体が冷えてるだろ?」
ポンと大きな手の平が俺の髪を撫でる。
首をキュッと竦めて燕さんを見上げる。
「じゃ…先入って来ます。」
シャワーを浴びながら、本当に何もされないのか、俺の胸はバクバクと煩い。
あんな風に優しく頭を撫でて貰うのは店長以外で初めてだ。
店長が誰よりも好きな筈なのに、どうも燕さんのテンションに流されてしまう。
割と自我が強い方だから流されるなんてそんなにある事じゃない分、正直戸惑っていた。
その証拠にこんな所までノコノコ付いて来てるんだから。
バスタオルを頭から被って、着ていた服を着ようとしたら、そこに脱いだ服が無くなっていて、代わりにバスローブが置かれていた。
「つっ!燕さん?!」
「何だぁ?」
「おっ俺の服っ!」
「あぁ、クリーニングに出した。朝には戻るさ」
「あっ朝…」
「何だよ、気に入った柔軟剤じゃないと嫌とかワガママ言うタイプか?」
「そっ!そんな贅沢な事言いませんよっ!」
グダグダと話してるうちに、声が近づいて、シャワールームに燕さんが上半身裸で入って来た。
「ぁ…ぅっ…」
綺麗に割れた腹筋に腕の筋肉が分かる筋が目に飛び込んで来たせいで妙な声が漏れてしまう。
「何変な声出してんだ」
「なっ!何でもありませんよっ!」
俺はバスローブの腰紐をキツく縛ってバスルームを出た。
大きなベッドに座ってみる。
シャワーの音が鮮明過ぎてかき消す為にプロジェクターになっているテレビをつけた。
深夜を過ぎて胡散臭い通販番組しかしていない。
俺は緊張した身体の力を抜いてダランとベッドに倒れ込んだ。
ガチャンとバスルームから扉の音がする。
途端にまた身体が強張って、寝転んでいた俺はガバッと起き上がった。
バスローブ姿の燕さんがこちらに向かってくる。
「天ちゃん、そんな緊張すんなよ。俺、無理矢理とか趣味じゃないからさ」
「きっ緊張とかしてませんからっ!べっ別に俺はっ」
そこまで話したら、燕さんの身体が俺を包んでベッドに倒れ込んでしまった。
覆い被さって来た燕さんの腕が俺の腰に回ってギュウっと締め付ける。
首筋に埋まった顔からくぐもった声がした。
「ふふ…子供みたいな匂いがするな…」
俺は溜息を吐きながら四肢を投げ出した大の字状態で呟いた。
「どーせ子供ですからね。重いんでどいて下さい。」
「冷たいなぁ…プレゼントの添い寝は?」
「しますよ!でもこの体勢は無理っ!重いっ!」
俺の言葉に燕さんはまたクスリと笑って、コロンと隣りに仰向けになった。
腕を伸ばして、もう片方の手でシーツをポンポン叩く。
「腕枕ならいいだろ?来いよ」
俺は身体を起こし唇を噛み締めて燕さんを見下ろした。
燕さんはまたポンポンとシーツを叩いて俺を呼ぶ。
「何にもしねぇよ。誕生日くらいおっさんを甘えさせろ」
そう言って苦笑いするもんだから、なんだか胸がギュッとして、俺はソッと燕さんの身体に寄り添って寝転んだ。
腕枕に頭を乗せると、肘から先が俺の頭を包み込み、燕さんの胸元に引き寄せられる。
「さっきの…大人も泣いて良いなんて…とんだ殺し文句だな」
ドクン ドクンと鳴る心臓の音を聞きながら燕さんの言葉に苦笑いしてしまう。
「偉そうでしたかね…」
「いや…救われた気がした。…もう随分眠れてないから…」
眠れて…ない…
さっき話してた…庵司って人のせいかな…
俺を抱き寄せながら真上を向いて目を閉じる燕さんはスースーと寝息をたてはじめた。
長い栗色の前髪が綺麗な顔にかかっているのを指先で払って、高く鼻筋の通った横顔を眺めていた。
いつの間にか俺も眠くなって目を閉じてしまう。
穏やかで優しい口調の燕さん。
よっぽど庵司って人が大切に想ってた雪乃さんを守りたいんだなぁ…。
何だろう…そう思うと、少し胸がチリチリした。
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