百木の場合

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百木の場合

「百木さん、この写真も見といていただけますか?」 「…あ、はい了解です…」 ううう…。 これは…。 なんだろう。 俺は試されてるのか? 季節は春。 例年より暖かい4月。 俺の働いている会社では、 入社3年目になる俺がいわゆる『新人』だ。 後輩のいない状況がしばらく続いている。 でもその分、アットホームな職場で、 先輩にもかわいがられている。 そしてその先輩の中の一人に俺は恋をしている。 友枝(ともえだ) ここなさん。 俺の一個上で、教育係的な存在。 けして派手でもなければ目立って美人でもない。 でも、彼女の笑顔とやわらかい雰囲気、 完璧じゃないけどその分頑張り屋さんな彼女に、 俺は完全に心つかまれている。 「今日あついな」 となりの席の相田さんがそう言ってくる。 「あぁ、はい」 相田さんはそう言いながら友枝さんをちらっと見る。 なんかいやらしいな。 そう感じてしまう俺の下心。 「ああいうのも悪くないよな」 イタズラっぽく言ってくる相田さんに、 俺は慌てる。 「も、もう何見てるんですか!」 そう。 今日友枝さんの胸元はちょっと大胆。 なんというか、目のやり場に困る。 相田さんにとっては、ラッキースケベ的な感じなのかも。 まぁ彼はセクハラをセクハラと思わせないような人柄で、 そんなことを言っても問題にならない。 そんな人徳だ。 でも、今の俺は完全なるむっつりだ。 気にしないと思っていても、 ついつい胸元を見てしまう。 なんなんだよ。 もう一個ボタン閉めろよ。 いや、自然なんだろうけど、 男の目線からしたら、ちょっと見えそうなのが…。 正直見るなという方が無理だろう。 でも、俺の中の邪念は暴れまくる。 なんだよ意外とでかいな、とか。 見せたいのか?とか。 わかっている。 意外にも無頓着な友枝さんのセンス。 「友枝さん。この写真でオッケーです。」 チェックした写真を戻しに彼女のデスクに向かう。 「あ、ありがとう。」 「暑いからちょっと窓開けるね」 俺と友枝さんのわきを通りながら、 マネージャーが窓を開ける。 ふぁぁぁぁ…。 暖かくもさわやかな風がオフィスを駆け抜ける。 目の前の友枝さんのブラウスの襟が揺れる。 「…っ!」 なんの修行だよ! 俺は少し顔がほてるのを隠すように視線を逸らす。 目のやり場に困るじゃねーか! 「いい気持ちだね」 そんな俺の気持ちなんか関係なく、 友枝さんは窓から入る風に目を細める。 「百木さん、午後は撮影いきましょうか?」 「え?」 「だってなんか、外のほうが楽しそうだし」 そんなふうに子供のように笑う彼女に、 俺は逆らえるわけもない。 「何堂々とさぼりの予定組んでるの?」 「い、いや違いますって!」 「友枝ぁ、後輩そそのかしてんじゃないわよぉ」 笑いながらそう言うマネジャーに、 「いやいや、仕事ですって」 とかわす友枝さん。 俺の心はますますざわついてしまう。 いつまでのこの気持ちを隠しておけるだろうか? そんな服ばっか着てると、俺、 あなたのことおそっちゃいますよ。 心の中でそっとつぶやいた。
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