中島の場合

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中島の場合

「いらっしゃいませ」 取引先の事務員さんは、 いつもニコニコ笑顔で俺を迎えてくれる。 そんなに年は変わらないかもしれないけど、 なんだか大人びてみえる。 まぁ、来客に笑顔を見せたり、 お茶出してくれたり当たり前なんだけど、 なんか俺って特別?と勘違いしそうなほど、 愛想がいい。 彼氏はいるのかな? 年配の人が多い職場だから、 おじさまたちをうまくかわしたり、 冷たくあしらったりしてるのをよく見る。 俺もあしらわれたい(笑)。 俺も営業だから、 相手に好印象をもってもらう努力はしてる。 もちろん彼女に対しては、 とびきりの笑顔を見せている。 「かわいいね」と年上の女性からは結構人気も高い。 彼女はお姉さんタイプだから、 あれやこれや手取り足取り教えてくれそう。 膨らむ妄想に、高校生かっ!と一人ツッコむ。 でも俺も健全な男子なので いろいろ想像してしまうのは許してほしい。 彼女にあった日は、 特に、夜家で一人妄想が爆発する。 さして女に不自由するわけでも、 たまってるわけでもないはずなのに、 彼女のことを想ってしまう。 まじで盛ってんのか俺? ある日、彼女の会社を訪ねると、 入り口でちょっと大きな箱を、 宅配の人から受けとる彼女が見えた。 「こんにちは、お手伝いしますよ」 横から笑顔で声をかける。 「え?でも」 「倉庫の前でいいですか?」 と言って前から荷物に手を添える。 「はい、ありがとうございます」 少し近づくと、彼女の甘い香りが鼻を掠める。 倉庫前に段ボールを置くと、 彼女のいつもの笑顔。 営業用だとわかっていても、 ときめいてしまう。 「あ、ちょっと待っててくださいね」 そういって彼女は、 自分のデスクに戻ると、 すぐに俺のところに帰ってくる。 「はいどうぞ」そう言って飴を差し出される。 お駄賃ってこと? 「こんな子供だましでごめんなさいね」 そういって飴を押し付けて、 頭を下げると彼女は戻っていってしまった。 次の営業。 心躍る。  食事に誘ってみようと心を決めて挑む。 状況は俺の味方なのか、 お茶出しをしてくれた彼女と二人きりになる。 「あの、今度よければご飯行きませんか?」 唐突な俺の誘いに、 「え?私ですか?」 と戸惑っている。 「前から思ってたんです。もっと話したいなって」 常務が戻ってくるのが見えた。 手帳の隅に、携番書いてちぎって渡す。 「よかったら連絡ください」 まだ少し戸惑ってる彼女だったけど、 半ば強引にメモを渡したところで、 常務が戻ってきて彼女も応接室を出る。 その日の夜— 義理堅いであろう彼女は、 しっかり電話をくれる。 思いのほかあっさりと、 食事の約束を取り付けられる。 こんなにうまくいっていいのかな? 約束の日— 制服を脱いだ彼女は、 いつもより少し子供っぽく見えた。 少し緊張した面持ちで、 待ち合わせ場所にいた俺に頭を下げる。 あんまり堅苦しくないレストランを選んだのは、 正解だった。 「あの…。ずっと気になってたんです」 そういう俺に彼女は、 「実は私も…」 そう言ってはにかんだようにうつむいた。 「でも、営業の人だから…」 確かに。 営業=チャラいみたいな風潮だなぁと自分でも思う。 「自分で言うのもなんですが、 俺かなり一途です」 「ほんとですか?私信じちゃいますよ」 いつものおやじたちをあしらう感じで彼女が言う。 「いや、真面目に俺のこと、考えてもらえますか?」 真剣な顔で彼女を見つめると、 彼女が息を詰めるのがわかる。 そのままの勢いで、 横に座る彼女の唇を奪う。 ハッとして周りを見渡す彼女。 少し薄暗い店内で、 カウンターの男女を気にする人なんて誰もいない。 「やっぱり…、手が早いじゃないですか…」 そんなうるんだ瞳で言われても。 嫌がってるように見えないよ。 支配欲に飲み込まれてしまいそうな表情に、 俺はぐっと彼女との距離を詰める。 「俺の彼女になってくれない?」 彼氏いるか?とか、 好きなやついるのか?とか 全部吹っ飛ばして、 彼女を手を入れてしまいたい。 何も言わなかったけど、 周りを少し気にしてから。 今度は彼女から唇を重ねる…。
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