橋田の場合

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もうだめだ。 わかっている。 まゆ香のほうが全然タイプだし、 情だってある。 正直、彼女のことは何も知らないし、 名前や年齢すら曖昧だ。 一時の気の迷いだ。 自分にそう言い聞かせる。 でも、それがかえって 『もっと知りたい。もっと近づきたい』 その気持ちばかりを大きくした。 それはまゆ香といても、 どんどん俺の心も頭も侵食していく。 「純也。なんか最近変だよ?」 まゆ香だって、 いよいよ怒ってもいいだろう。 そのくらい俺は、上の空だから…。 「ごめん、まゆ香。 俺もうお前と…続けていけない」 まゆ香は静かに俺に抱き着いた。 「どうして?まゆのどこがダメ?」 表面張力で張り詰めた涙を、 じっとこらえて俺を見るまゆ香は、 確かにかわいいのに、 罪悪感もしっかりと感じるのに、 俺の気持ちはもう、 彼女に向けて走り出しているのがわかる。 自分史上最悪の感情が沸き上がってくるのを、 抑えられなくなりそうだ。 一度だけまゆ香の頭を撫でてやる。 俺がまゆ香の彼氏としてする、 最後の愛情だと感じている、 自分がいやになる。 「ごめん」 ほんとはもっと言いたいこともある。 伝えなきゃいけないこともあるんだろうけど、 それを俺に言う資格もないように感じるし、 でもはっきりとまゆ香に別れを告げるだけしか、 俺にはできない気もする。 ゆっくり立ち上がると、 まゆ香は慌てて俺のシャツの裾をつかむ。 初めて見せるまゆ香の『めんどくさい』部分。 縋りついて俺をひっぱって 『いかないで』と泣いた。 ごもっともだ。 まゆ香の行動は正解だろう。 まゆ香には何の落ち度もない。 でも恋愛って、 そういうことがおきてしまうのだと、 きっとまゆ香も、 もちろん俺も知っている。 それでも、 俺はまゆ香のアパートの部屋のドアを、 後ろ手に閉める。 そのまま歩いて、 お茶を飲んで気持ちを落ち着かせようと、 近くのドラックストアによる。 と、そこで彼女の姿を見つける。 吸い寄せられるように、 彼女のそばまで行って声をかける。 「あの」 その瞬間彼女は振り向いて、 目を見開いた後、 ほほを少し赤くしてうつむいた。 俺は決心する。 この気持ちを伝えようと、 まっすぐに彼女を見つめた。
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