0. プロローグ

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 朝食を終えた彼が愛する彼女に最初にねだったのは、セックスだった。  事故で骨折し、1ヵ月近く入院してやっと帰ってきた、翌日のことである。  久々の家での、ゆっくりくつろいだ食事。  すぐそばで彼を見つめる彼女の、優しい灰褐色の瞳。  彼の背を撫でる彼女の手の、じんわりとした温もり。  彼は幸せで、楽しくなって、彼女の肩に腕を回し、腰を動かしてみせた。   「いいわよ、まだ時間はあるし…… それに、久々だものね」    慈愛に満ちた微笑みをややぽっちゃりとした頬に浮かべ、彼女は服を脱ぎ始めた。  まずは、Tシャツ。  大きな窓から差し込む朝日の中で、重たそうな2つの膨らみが露になる。  その先端はすでにツン、と上を向いて、微かに息づいていた。    ついで、黒いスラックスと下着を下ろすと、漂う女の匂いが濃くなった。    なんともいえない、甘い香り。  興奮した彼が飛びかかると、彼女は誘うようにソファに倒れ込み、脚を大きく開いた。    少女のようにつるりとした丘と、それに似合わぬ成熟した花弁があらわになる。  彼女は衛生上の理由とかで陰毛を永久脱毛していた。その好みの是非は別れるところだが、彼にとっては、それはささいなことだった。  彼女がそうしたいならば、そうすれば良い ――――    濃く誘ってくる香りをたどり、彼は花弁をひたすら舐め、溢れてくる蜜を貪った。   「いい、いく、いっちゃう……!」    獣のようなうめき声を彼女はあげながら、のろのろと身体の向きを変えてよつばいになる…… きて、という合図。    その背にのしかかるようにしながら、彼は恋人の(なか)へと一気に身を沈めた。    やわやわと、まといつくように締め付けてくる、絶妙な柔らかさと弾力をもったヒダ…… 最高だ。   「あっ、ああっ、そこ……! 気持ち、いいっ!」    彼女の可愛い声も、ますます濃くなり彼を興奮させる匂いも、最高。    快楽が、身体を満たす。  入院中、狭い部屋でひとり溜め込んだ寂しさが、溶けるように消えていく。  そのあとに、身体からあふれた快楽が、じんわりと染み込んでいく ――――    彼は夢中になって何度も射精し、その度に彼女は達して、えもいわれぬ叫びをあげた。    彼らは不在だった時間を取り戻そうとするかのように繋がり続け、果てた後も名残惜しくお互いを貪った。  異変が起こったのは、全てが終わってしばらく経ったあとだった。   「面接なの。すぐに帰ってくるから、少しだけお留守番よろしくね?」    スーツ姿の彼女と、何度も舌を絡めてキスし、玄関へ向かう背を見送っていた時 ――――    見慣れた後ろ姿が、不意によろめいた。    崩れるように、倒れ込む。    先ほど彼の背を撫でていた手が、ぎゅっとこぶしを作って胸を抑えている。  喉が、不思議な音を立てている。 「…… 苦しい」  それきり、ひゅうひゅうと荒い息が、彼女の口から漏れるのみになった。    明らかに、おかしい。  どうすればいい? どうすれば……    彼はパニックに陥って、彼女の周りを右往左往したり、身体を触ったりしたが、すぐに、ハッと気づいた。  -- 人を、呼ばなければ。    彼はそれだけを念じ…… 戸口から飛び出すと、一心不乱に駆け出した。  
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