第12話 やっぱり「ほんもの」がほしかった?

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第12話 やっぱり「ほんもの」がほしかった?

「アキトはあっちでいいのか?」  駿が布団をめくって指で隣の部屋の方をさした。Tシャツが胸にぴったりくっついて、お風呂上りの匂いがする。 「うん。音立てたら起きるかもしれないし、気になるだろ?」と、僕は小さな声で答える。 「気になるって?」 「だからさ……」  僕の隣で仰向けになった駿の腋のあたりに僕は顔をおしつけ、手をのばして彼の髪をさぐる。以前何かのはずみで聞いた話だと、駿のお父さんは五十歳を過ぎたあとどんどん髪が薄くなっているらしく、駿もじつは気にしているらしい。でもお祖父さんはきれいな白髪頭だったというから、大丈夫じゃないかと僕は思う。僕の父親は――どうだったっけ。  このさき駿の髪がどうなってもたぶん僕は気にしない。VRではいくつになっても自分の好きな髪型になれるのだからたいした問題とは思えない。それよりも一世代、二世代前の用語をうっかり使ったりする方がカッコ悪かったりする。 「電気消すぞ?」  駿がいったけど、僕は駿のTシャツにおしつけた顔をふるふる揺らしただけだ。暗い中でそのまま指で駿の耳をさわさわする。駿はぶるっと震えて「それ、くすぐったい」とつぶやき、僕の肩に腕を回す。  えっちの時はぺたぺた駿の体を触ったり、舐めたりするのが好きだ。駿のTシャツの下に手をつっこんでめくり、唇をくっつける。反撃されるまえに駿のトランクスをさげて、大きくなりはじめているものをしゃぶる。すこし塩っぽい味の汁が出てくるのをきゅうっと吸いこむと、上の方で「あっ……待った」と駿が小さく声をあげた。 「入れたい?」  口を離すと唾液があごに垂れて、うまく話せない。 「いいか?」 「うん……大丈夫」  声でアキト起きちゃうかな。隣の部屋だし、大丈夫かな。お風呂で準備はしていたから、僕のお尻はとっくに準備OKになってる。  駿が布団をはねのけ、僕もTシャツと下着を脱ぐ。裸になると駿は僕の背中を舐めはじめ、今度は僕がちっちゃく声をあげてしまう。  つきあいはじめてしばらくのあいだはえっちもけっこう冒険したけど、最近はそうでもない。僕らのえっちは、たぶん男同士としてはすごく普通のフェラチオとアナルセックスに落ちついている。コスプレもしないし、VRえっちもずっとやってないし、他に誰かを誘いたいなんて、僕は一度も思ったことがない。それに駿が中に入ってくると、ほんとに気持ちよくて、あっ―― 「うっ、うん、あん―――」  駿もイクときに声をあげるけど、たぶん僕の声の方が大きい。そう思ったときやっぱりアキトのことが気になった。  終わったあと、裸のまま横になって、布団だけかぶって、ぼうっとしている時間が好きだ。気怠いけれど幸福な気持ちで、すぐ隣にいる駿の体温を感じている。 「アキトがいってたんだけど」 「ん?」 「保育園の友だち、家ではパパママって呼ばせるらしいんだ。それで聞かれちゃったよ。ちひろはパパなのかママなのかって」  駿はちょっと黙ってからたずねた。「なんて答えた?」 「うちにはパパが二人いるって」 「俺がママって答えてもよかったぞ」 「そんなのあり?」僕はクスクス笑った。 「とにかくびっくりしてさ。何ていうかそんなふうに……教育するんだなって。アキトは明日なんて答えるんだろう。友だちと喧嘩になったらどうしようか」 「アキトはAIだ。喧嘩なんてしないさ」 「だけどすごい速さで成長しているよ。保育園のあとのお喋りが毎日複雑になっていくんだ。今日も駿が遅いのは残業のせいだっていったら、どうして残業なんかするんだっていうから、人間には明日に回せない仕事があるんだって答えるのが大変だった。リアルの生物には取り返しのつかないことがあるんだって」 「結局はAIだもんな」  駿は眠そうな声でいった。 「プログラムにないことはわからないんだろう」 「駿、ちがうって」  僕の声はちょっとだけ大きくなった。 「アキトはプログラムされたことを喋ってるんじゃないよ。考えたことを喋ってるんだ」 「そうか? アキトは()()()()考えているのか? DERのAIは保育園で他の必要な情報も手に入れるだろう? アキトはネットからインストールした知識をアレンジして……おまえの話にあわせて喋ってるだけかもしれない。DERのAIがうちや他の家でやってるのは、それっぽく喋ってるんじゃないように見せる練習かもしれないし、DERのいう『成長』は結局そういうことかも」 「アキトは()()()いるってば!」  駿のいいかたにムッとして、また声が大きくなってしまった。 「千尋、声が大きい」 「駿のせいだろ。駿は僕よりアキトと話す時間が少ないから……わからないんだよ。アキトは……ほんとに成長してる」  駿がふうっとため息をつくのがきこえた。なぜかさっきの幸福感が薄れていくのを感じた。 「駿、もしかして呆れてる?」 「いいや」 「僕はアキトを……育てているつもりなんだけど、駿はそうじゃない?」 「いや、その……もちろんDERのいう意味での『子育て』ではあっても、アキトは結局ロボットでAIだろ。本物の人間の子供じゃないから、育てるっていっても同じことにはならないだろう」  なんだかショックだった。僕は小さな声でいった。 「駿は……そう思ってるのか。僕は……けっこう本気だよ。人間の赤ちゃんはうちじゃ預かれなかったけど、僕は本気でアキトの話を聞いてるし……ある意味人間みたいに育ってると思ってる。でも駿はそうじゃないんだ」 「あのな、俺は単に、本物の赤ん坊とロボットじゃちがうってことをいってるだけで」 「本物本物っていうなよ!」  僕はまた大きな声をあげてしまい、あわてて付け加えた。 「もういいや。そうだよね……本物の赤ちゃんを育てるのはもっとずっと大変だからさ。おむつ替えとかおっぱいあげるのとか、あんな育児体験で終わるような話じゃないし、そりゃあ同じじゃないよ」 「千尋……」  駿の手が伸びてくる。 「怒るなって」 「怒ってない!」 「そんなつもりじゃなかった」  駿は真面目な声でいった。 「ただその……最近アキトの話ばかりのような気がして――もしかしたら、千尋をアキトにとられたような気がしていたのかも」 「そうかな。そんなことないと思ってたけど……」 「そんなことあると思う。まあでも……子供がいたらそんなもんかな。そうか、そういうことか」  駿は突然両手を上にのばした。布団がずれたので僕はあわてて引っ張り上げる。 「駿、寒い」 「わかった気がした」 「何が?」 「千尋がアキトのママ――いや、パパだってことが」 「駿もだろう」 「うん、まあ」  駿が何を納得したのか僕はいまひとつよくわからなかったけど、このあたりで僕らのあいだの空気は元のまったりしたものに戻った。  駿と喧嘩や口論のようになるたびに、兄弟喧嘩みたいだと思うことがある――あくまでも想像の話だけど、こんなとき駿は僕に「兄」っぽい態度をとるような気がするのだ。兄は何でも知っててエライ、みたいな。これも男同士でつきあってるせいだろうか。  女の子とつきあっていたら、駿はもっとちがう感じになるのかな。僕がもし女の子とつきあっていたら(仮にこれが可能だとして)駿に対するのと同じようないいかたとか、態度はとれないと思う。  さっきは意地になってしまったけど、実際のところ僕もアキトが――AIがどこまで……考えているのかなんて、ほんとうの意味で知ってるわけじゃない。でもそれなら僕らだって、いったいどこまで「自分で考えている」なんていえるんだろうか。僕らが喋ったり考えていることのほとんどは、ネットでみたり、誰かに聞いたことの切り貼りかもしれないのに。  ぼうっとそんなことを思っていると、隣からスーッと寝息が聞こえてきた。こんな話、もし同性婚が法制化されて、僕らが戸籍上の夫婦、この場合夫夫っていうのかもしれないが、養子や里子の要件を満たしていたら、絶対しなかったはずだ。もちろん、人間の赤ちゃんを育てるとなったら、もっともっと大変なのだろうけど、でもロボットに「パパ」が二人いる家もあると教えるのだって、独特な経験にはちがいない。  そう思うと僕は愉快な気分になった。僕らはそれなりに面白い人生を送れるんじゃないだろうか。  一カ月のモニター期間の終わりに、僕らはDERと正式にアキトを養育する契約を結んだ。アキトはヴァーチャル保育園に行くたびに新しいことを覚えて帰ってきた。眠ろうとする僕らを質問攻めにして困らせることもある。  年が明けて一月、国会で同性婚法案が成立した。
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