第14話 参観日のお遊戯会

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第14話 参観日のお遊戯会

 GERの本社は湾岸の広大な敷地に鎮座する巨大な建物だ。ゲートに入って身分証を出すとスキャン装置が上から下りてきて、レーザーみたいな光が僕と駿を通過する。アキトはスリープモードでベビーカーに座っている。このベビーカーは昨日、GERから配送されたものだ。そのまま待っていると制服を着た人がやってきた。 「こちらへどうぞ」  さて、これから何がはじまるでしょう?  なんと今日はアキトの保育園の「参観日」なのである。最初に通知をもらったときは自宅からVRで参加するのだとばかり思っていたが、希望者にはGER本社への特別招待がついてきたのだ。  ちらっと後ろをふりむくと、同じようにベビーカーを押した他の「親御さん」たちが何組か見えた。男女の夫婦ばかりだが、中には車椅子の人もいる。案内にしたがって僕らは広い通路を歩き、エレベーターに乗った。下りたところには、案内の人とはちがう制服を着た人がふたり待っている。 「こちらでお子さんをいったんお預かりし、確認させていただきます。そのあいだにプロジェクト代表よりご挨拶や現状の説明をさせていただきまして、それから本日の参観用のお部屋へご案内します」  お子さん、と呼ばれるのがこそばゆかった。ベビーカーをその場に残し、連れていかれた場所は大きな窓のある会議室だった。全員の席が決まっていて、僕らは中ほどよりすこしうしろに座った。  駿は平然としているが、在宅仕事になって何年もたつ僕はオフィスや会議室に来ること自体が珍しくなっている。きょろきょろあたりを見回していると前方が薄暗くなり、スクリーンだけが明るくなった。スーツの男性が演台に立ってマイクを持った。 「本プロジェクトを統括する鈴木泰全と申します。みなさまには日ごろから大変なご協力、ご尽力をいただきまして、誠にありがとうございます」  最初の挨拶がおわると、スクリーンにGERのロゴが浮かび、ロボ赤ちゃんプロジェクトを支える技術の説明がはじまった。その後VRの中でAIがどう活用されているか、などといった話になった。レクチャーは思ったより長く、一時間ほど続いただろうか。眠くなって二度くらいあくびしたあと、部屋が明るくなった。 「ご清聴ありがとうございました。それではこれから参観場所へ移動いたします」  僕らはまたぞろぞろと制服のあとをついていった。コンサートホールの入口のような両開きのドアの前で、黒いメガネを渡される。 「通路に入ると指示が出ますので、それからかけてください」  僕は駿と並んで受け取って、中に入った。真っ暗だ――と思ったら、足元の床に光る線が浮かび、その先に「メガネをかけてください」という光の文字が浮かんだ。おとなしく指示に従って顔をあげると、あたりの風景は様変わりしていた。 「駿」  僕は思わず横をつつく。 「保育園だ……!」  ざわついているのは他の「親御さん」も驚いているせいだろう。僕らは透明な天井の上からアキトが毎日VRで接続している「保育園」を見下ろしていた。でもこれはどうみても本物の部屋だ。このために作ったのだろうか?  僕は何気なくメガネの縁に指を触れた。すると、視界がさっとズームした。 「あ、アキト!」  みんな銀色の赤ちゃんなのに、どうしてアキトがわかったんだろう? われながら不思議に思ったけれど、たしかにそれはアキトだった。僕がじっとみていると、アキトは僕がわかったみたいに手を振った。いや、向こうからも僕らはみえているのかも。  どこからか陽気な音楽が流れはじめ、するとばらばらに座っていたロボットの赤ちゃんたちが部屋の中央に集まって来る。みんな光るボールを両手に持っている。そして僕らの真下に輪になって座ると、音楽にあわせてお手玉をはじめた。小さな歓声があがった。  僕はそっとメガネをずらした。肉眼でも赤ちゃんたちは見えたけど、あたりはひどく暗い。どうもあの光るボールはVR上にあるものらしい。そして赤ちゃんたちはめちゃくちゃ可愛い。 「やばい、可愛すぎる。お遊戯してる!」  僕は思わず口に出し、ハッとして隣をみた。心配いらなかった。駿の顔もメロメロに崩れていたからだ。  最後に受けた説明によると、僕らが参観を待つあいだ、アキトをはじめ、子供たち全員にアップデートが実施されたという。家に帰るまでスリープにしてくださいといわれたので、アキトと話をしたくてたまらなかった僕は帰り道ずっとうずうずして、家につくとすぐスリープを解除した。 「アキト、今日は面白かったね」  ところがアキトは僕をみて、ぱちん、ぱちんとまばたきした。 「アキト? どうした?」  駿がたずねた。アキトはまたまばたきして、それから「セツナがいなかった」といった。 「セツナ? そんなお友達いたっけ」  アキトの保育園仲間の話はよく聞くけれど、その名前は初耳だ。 「最近保育園に来たんだ。でもアキトより前に生まれてる。名付け親がいなくなったから保育園にずっといるはずなのに、いなかった」 「それは……」  気の毒に、といいかけて僕はやめた。アキトや他のAIにとって、僕らのような人間がいなくなるのがどんなことなのか、見当がつかなかったのだ。 「名付け親がいなくなったってことは、今はGERがその子のボディを管理しているのか?」  駿がそういいながらアキトを椅子に座らせる。たしかにそれなら名付け親の参観日にいないのもわかる。 「明日は会えるよ、きっと」  僕はアキトの頭を撫でる。僕らの銀色の赤ちゃんは、またぱちりとまばたきした。
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