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第19話 人間とロボットの夢
「ボディを自在に制御できるアキトのような第六世代は、三年後に計画された有人火星探査計画のクルーになるために訓練されているのです」
タークのつるんとした顔をみつめて、僕はぽかんと口をあけている。
「彼らは長い時間と予期しないトラブルが予想される有人惑星探査のあいだ、人間と協同できる存在となるために生まれました。あの子たちは真の意味で人間のパートナーにならなくてはいけない。人間は単純なものに愛着を持ちますが、パートナーたりうるにはそれ以上でなくてはなりません。人間のような複雑さはひとりでには発達しない、現実世界での経験が必要だと私たちの設計者は主張し、デジタル生命に親を与えることを提案しました。あなた方のような人たちです」
タークの話は思いがけないもので、本当ならGERの極秘事項にちがいない。こんなことを聞いても大丈夫なんだろうか、それとも全部でたらめ?
そう思いながらもう一度見て回ったミュージアムには、人間とロボットの夢の歴史がずらりと並んでいた。タークのような自動人形をはじめとした、体を持ち、僕らに話しかけてくれるもの。ひとりで動いて、何かを成し遂げるもの。今は動かないけれど、かつては動いていたもの。骨董品のように古いものも、見覚えのあるものも、僕らが前に立つと、急に息を吹き返したように動きはじめる。タークがいうには、セツナが制御しているという。
アキトはずっとスリープ状態のままだった。僕らはアキトを起こすのを忘れていたのだ。次から次に意外なことが起きるので、僕は毒気を抜かれたような気分だったし、駿も同じだったのだろう。 ミュージアムの出入り口横のラックには色あせたパンフレットがささったままになっていた。一部引き抜くと『人間とロボットが協同する、未来の記憶のために』の文字が目に入る。
「いずれGERは、第六世代が火星探査に参加することを発表します」
最初の部屋に戻ると、タークがそういった。
「またここに来てください。あなた方にはいつも扉を開けておきます。今のアキトのメモリにセツナは残っていませんが、セツナはアキトを覚えています。セツナはもう保育園には行きませんが、アキトがここに来てくれれば、また知り合って、友達になるでしょう。アキトがセツナと友達になれば、あなた方ふたりもセツナにつながることができます」
AIに友達がどうの、といわれるのはおかしな感じだった。人間からすごく遠いのに、人間にちかいもの。
「AIとAIが友達になって、僕らも友達の輪に入るってこと?」
「VRを使えばってことだろうが……」
僕らはロビーでコソコソささやきあい、タークがいった「資源と法的問題を自力で解決」のくだりは今回は無視することに決めた。ミュージアムはGERのものだというし、僕らとしてはアキトにおかしなことが起きなければそれでいいのだ。
外に出て振り返ると、ミュージアムの半球は入った時と同じようにレトロで古ぼけていたけれど、来たときにはなかった貴重な輝きをはなっているように思えた。
きっと午後の光のせいだろう。それとも、ここでタークとセツナが暮らしていると知ったせいか。
人間の気持ちなんて勝手なものだ。今の僕にはあのふたりが生きた存在のように思えている。
「そういえば駿、ずっとアキトを抱っこしてて、重くない?」
「今気づいたか。重い」
「ごめん」
「アキトを起こして、どこかで休もうか」
「そうだな」
駿はどこか上の空で、アキトを抱っこしたままぼそっといった。
「……俺たち、親なんだな」
しみじみした口調がなんだか面白くて、僕は吹き出しそうになった。
「どうしたんだよ。たしかに駿は親だよ。昨日のあわてぶりだって」
「俺も……自分でも意外なくらいだった。もうカーっと頭にきて――今日もここへ来るまでいろいろ思っていたけど、まさかあの……こんな展開とは……」
「そうだね。ほんとに……」
「千尋」
「ん?」
「前から考えていたんだけど……結婚しないか?」
「え?」
ここで聞くとは思っていなかった言葉を聞くと、人間の脳はすぐに理解できないものだ。僕は間が抜けた顔をしていたと思う。駿は困ったように眉をよせた。
「だから入籍するってこと。今年からできるようになっただろう?」
「あ、うん、わかってる。うん、僕も……なんとなく思ってた。どうかなって……」
「じゃあ」
ミュージアムの半球が白と青に輝いている。案外プロポーズにいい場所かもしれない、と僕は思う。
「うん、結婚しよう」
そう答えたとき、駿の腕のなかでアキトの頭が動いた。
「あれ、いつ起こしたの?」
駿はきょとんとした顔つきだ。アキトは目をぱちぱちさせた。
「けっこん」
「え?」
「アキトは聞いた。シュンとチヒロは結婚する」
駿が苦笑いをして、アキトを地面に下ろした。
「アキトは絶対忘れない証人だな」
たしかにそうだ。でも本当に結婚するとなると……。
「考えることはいろいろあるね。式とか、僕の両親とか……」
口に出すとかなり大変なことのような気がしてきた。僕が暗い目つきになったのを勘づいたのか、駿がすかさずいった。
「何とかなるさ。俺がいるから」
「アキトもいるよ!」
並んでそういったふたりは本当に親子のようで、僕はクスっと笑ってしまう。
「そうだね。何とかなる」
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