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第4話 僕らのはじめて
「あのさ、クボミンって、僕を女の子だと思ってた?」
「そうだといいなとは思ってた」
VREのクボミンのホームで、僕らはL字型のソファに座っている。長髪美少女のクボミンは僕の斜め前に座っていて、すこし前までの僕らはここでよくボードゲームをしていた。
「でもさ、アバターがこれでも話の内容で男だってわかるよ。話し方も女っぽくない」
「いや、だから逆にそうかもしれないと思った。ほら、現実の女の人ってアニメやドラマみたいな話し方、あまりしないだろう」
口調は冷静でも、クボミンの頬はかすかにピンクになった。ここのVR装置は表現力が高いらしい。恥ずかしがっているみたいにみえる。
ラブホ備え付けのVRデバイスは僕が持っているものより性能がいいという話は聞いたことがある。最新のVRデバイスはリアルの体の心拍数だの血流だのを計って、アバターにオートで感情フィルターをかけたりする。なるほど、こういうことかぁ、なんて関心している場合じゃない。これってつまり、僕の顔も赤くなってるってことじゃないか?
何しろ僕らのリアルな身体は今、ラブホのベッドに並んで座っているのだ。
リアルクボミンはスーツの上を脱ぎ、ネクタイを外していた。ここまで来るあいだに聞いた話だと、クボミンの勤務先は案の定、今日のイベントの関係企業だった。でもVR技術にはぜんぜん関係ない分野らしく、列に並んでいた時は仕事はおわって、直帰扱いになっていたとか。
それにしても――どうしよう。
バーチャルな空間のなか、目の前で恥ずかしがって頬をあからめている長髪美少女の本体は、僕の隣に座るガタイのいい男子なのだ。僕のリアルな肉体はその存在を感じている。
「それどころか、女の子ってけっこう言葉荒かったりするだろ? 姉貴とか妹とかで慣れてて」
クボミンの情報がまたひとつ加わった。
「僕が男でがっかりした?」
クボミンは僕のつっこみに答えず、逆に質問をよこした。
「チロは俺のこと、男だと思ってたか?」
「最初から。VRの綺麗な女の子ってだいたい男だろう?」
あっ――自分がゲイだって話した以上、これは誤解を受けるかも。僕はあわてて付け加えた。
「でも僕はあの、出会い系とかそういうつもりでVRやってないよ。クボミンは初心者の時からなりきってて面白かったし、なりきりをやめたあとも楽しかったし、いい人だと思って」
「今は?」
「今も思ってるし、その……」
斜め前に座るクボミンの膝が僕の膝にくっついている。膝に乗ったクボミンの手も僕の膝に触れるか降れないかのところにある。でもVRじゃほんとの意味で触ってるわけじゃない。最近では「VR感覚」っていうものがある、なんて話もきくけど、これも脳の錯覚、それがいいすぎなら一種の解釈にすぎない。
ところがそう思ったとたん、ほんとに膝に手が触れる感覚があって、僕はびくっとしてしまう。クボミンは動かずに僕をみている。でもリアルの僕の体にはすぐ隣に座っているリアルクボミンの膝と指が触れている。僕は思い切って口に出す。
「する? 嫌だったら……」
正直な話、見た目はしっかり女の子な人にこんな言葉をいう日がくるなんて思わなかった。とはいえその「見た目」はVRデバイスを通してのことだし、僕らのリアルな体はラブホのベッドに座っているのだから、今さらこんなこといってるのも変かもしれない。なんだか脳がバグってきた。だけどクボミン――リアル久保さんは男とえっちするなんて考えたこともなさそうだし、今はなんだかこんなことになってるけど、ほんとのところ……。
美少女がすっと顔をあげ、僕を射抜くように見た。
「したい」
「僕その、ネコしか経験なくて」
「ネコ?」
「その、女役っていうか、あの」
「しよう」
クボミンの像がふっと消えた。ログアウトした? 僕もあわててログアウトする。デバイスのゴーグルに覆われて目の前は真っ暗だ。でも背中に回る腕を感じる。リアルクボミン、いや久保さんの腕だ。ぎゅっと肩を抱かれて心臓がどきどき鳴った。
「どうしたら……いいんだ?」
首のあたりに直接声が聞こえてくる。久保さんの声はVRクボミンより低い。
「あ、あの、お風呂」僕はあわてて口走る。「じゅ、準備があるんだ」
「うん?」
肩を抱く腕がゆるんだ。僕はゴーグルを外して立ち上がる。
急いで駆けこんだバスルームは広くて、想像していたよりきれいだった。白状するとラブホに入るのは人生初めてなのだ。トイレとシャワーでせっせと洗い、迷いながらバスタオルを体に巻きつける。これまで付き合ったことのある相手とはホテルでなんてしたことがないから、こんな時にどうすればいいのかよくわからない。でも裸で出ていくのは恥ずかしい。
「シャワー、使うよね」
「あ、ああ」
久保さんもさっとバスルームへ行った。僕は間接照明でムーディに照らされた室内をきょろきょろ見回した。すごい、部屋の中に大人のグッズ自動販売機がある! 財布をカバンにしまったときバスルームのドアがガチャッと開いた。久保さんの体がぬっと出てくる。バスタオルは腰回りに巻いてある。うわ、うわ……。
隣に重みがかかって、マットレスがふわっと沈む。僕らは同じシャンプーの匂いをさせている。どうしよう、大丈夫だろうか、と思った時、キスされた。VRじゃないキスだ。舌が入ってくる、本格的なやつ――僕はどさっとマットレスの上に倒れて、上に乗っかった久保さんと口をあわせる。股間がもっこりしている。これってリアルなんだろうか?
「これ何?」
久保さんが僕の右手の指を開いていた。
「ローション。そこで売ってたから」
久保さんの目が丸くなる。彼がグッズ販売機を眺めている隙に僕はプラスチックの栓をあけ、ぬるぬるした液体を指にとる。気づかれないうちにアナルのまわりに塗ろうと思ったけど、無理だった。
「そうやって使うのか」
あっと思ったときは小さな容器は久保さんの手の中に入っていた。
「俺がするよ。塗ればいい?」
「え、でも」
「あれなんか、柔らか――」
「ちょっと、あっ、あんっ」
僕はいつのまにかうつぶせになって、久保さんの指がお尻をもむのにあわせるように呻いている。さっきも信じられないと思ったけど、今はもっと信じられない。
「待って、はやっ、あっ」
「これ、いいのか?」
「うっ、うんっ、もう、いいから」
「いいって」
「入れても大丈夫だから」
ふうっ。シーツに顔をくっつけた僕の首に荒い息がかかった。さっきからお尻にかたくなった久保さんの先っぽが当たるのを感じていた。ちゃんと勃起してる。それは嬉しいけど、この人ほんとうに男としたこと、ないのかな……でももう、何でもいいや。
指の感触が消えて、別の太いものがあてられるのがわかる。シリコンオイルタイプのローションは優秀で、スルッとすべるように先っぽが入るのがわかった。
「あっ、すご……入る……」
感動したような声が聞こえたけれど、僕は中を圧迫してくるものを受け入れるのに必死だった。最初はいつもそうなのだ。前もそうで――
「あっ、あああっ」
中の一カ所をえぐるように突かれて、自分でもびっくりするような声が出た。
「痛い?」
あわてたように久保さんがいった。
「ううんっ、い、いいけど、あ、あっ、ゆっくり、」
「こんなにするっと入るなんて……ああ、全部入った――あ……」
ため息のような声が耳のあたりをかする。
「すご……締まって……はっ……動いてもいい?」
「う、うん――」
僕の中にいる久保さんがさらに前進した。
「あああっ」
「気持ちいいの?」
うつぶせになった僕の口からは変な声が出ただけだ。通じたのかどうかわからなかったけれど、久保さんはまた動きはじめた。実をいうと誰かとえっちするのは久しぶりで、舐めたりたがいに擦ったりもせずに入れられるのもはじめてだったけど、もうそんなことはどうでもよかった。久保さんが腰を前に進めるたびに頭の隅がチカチカする。僕は変だ。こんなに感じたこと、今まであったっけ? この人とは今日会ったばかりなのに……ああ、でも、僕はクボミンとVRでずっと会ってたし、美少女のクボミンのことを好きになってたし、リアルの久保さんはすごく、すごく――
「あっ、あああんっ、クボミン、、」
「駿」
「しゅん……?」
「俺の名前」
「僕は千尋――」
「ちひろ?」
「そ、そう――ん、あうっ、」
「千尋のなか、気持ちよすぎ――やば、イク――」
クボミン、いや、駿は女の子じゃなくても大丈夫だったんだ。
揺さぶられながら最後にそんなことを思ったのを僕はまだ覚えている。
これが僕たちの初えっちだった。ラッキーなことに、僕らは体の相性がとてもよかった。
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