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1 旅立ち
(なんだ、なんだ?)
僕は青いバケツの中にすくい上げられ、ユラユラと飼育員のオジサンに運ばれていくようだ。
「さあみんな、これがサケの稚魚つまりはお魚の赤ちゃんだよー」飼育員の与田さんはそう言って、小学校2年生が集まった広場に僕らサケのことを紹介しているようだ。
「おしゃかな!」
「ちっちゃい!」
「かわいいー」
湧き上がる子供たちの歓声。
僕は正直言えば、不安だった。居心地のいい水槽の中でゆっくりと餌を待っているのが一番だから。
バケツの仲間も同じ思いなのだろう、さっきからピュンピュンと泳ぎ回ってみんな落ち着きがない。
「さてこれからみんなには、1人1個のバケツを持って、美種川まで歩いていくよ。重たいかもしれないけど頑張って10分ほど歩こうね。大事な赤ちゃんだから、途中転んで、バケツをひっくり返さないように気をつけて歩くんだよ」与田さんの声がバケツの僕らにまで聞こえてくる。
「おい、聞いたか? 美種川だってよ、俺たちまさか・・・」僕の稚魚仲間『ブン太』が叫んだ。
「冗談じゃねーよ、俺たちは川に流されるのか? 水槽の中が一番じゃねーか」僕は言う。
バケツの中のみんなにそれが伝わるとパニックになった。
しかしどう足掻いてもバケツの中で暴れまわっても、それは無駄なことだった。
そうこうしているうちに、バケツは美種川の河川敷までやってきたようで。
「みんなー聞いてくださーい。これから君たちは、サケの赤ちゃんを川に流しまーす。サケの赤ちゃんは、春が終わるとここから遠い海に行って、遠い遠いところまで旅に出ます。4年後、この赤ちゃんは大きくなってこの美種川に戻ってきます。みんなとは4年間のお別れになります。元気な応援の声をだして、バケツのお魚を川に逃せてあげてくださいねー」飼育員の与田さんの大きな声。
「聞いたか? 『可愛い子には旅をさせよ』って本当のことかい。絶対イヤだね!」ブン太は右往左往。
「嗚呼! 水槽に帰りたい! 俺は絶対に旅になんか行かねーよ」僕はバケツから覗く太陽を水中から見定めた。
(死んでもいい。僕は川に流されたくない!)
そう思って、僕は太陽めがけて水面に突進した。
そこに待っていたものは・・・。
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