それは偶然からだった

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それは偶然からだった

 由良もその異種能力者花嫁争奪戦、縁定めの儀に参戦する予定なのである。  だが、肝心の花嫁が居ない。  今、日本中が花嫁を探していた。「生まれてすぐに死んだ」と諦めている者も居る。  今度の花嫁は、生まれたことが確かなら日本なのである。つがいになれる権利は『日本人の異能者』に与えられているのだ。  しかし、今まで一回香ったフェロモンが、その後消えた事例などどの文献探してもない。  しかし由良もなんとなく『どこかにいる』ような気がしていた。単なる感でしかなかったが、異能者の第六感はよく当たることは身に染みてわかっていた。 「おい、雨辻」  ふっと我に返ると、先生が由良を見ている。どうやら当てられたらしい。咄嗟に立ち上がり「すみません、聞いてなかったです」と素直に謝罪した。 「まぁな、転校初日だから緊張するわなぁ」  と国語の教師は豪快に笑って許す。由良は免れ溜息をついて椅子に腰かけた。  由良はこれでも真面目で通っている。答えられないという現実は、屈辱だった。自分が嫌になり、机に俯せる。ふっと消しゴムが落ちたことに気が付いた。たぶん立ち上がった時に落としたのだろう。 「かなどめー」  小声で声を掛けるが、届いていないのか反応が無い。周りを見るといつの間にか課題を始めている。集中しているということは容易に理解できた。 (仕方ない――)  由良はペンを取り出し、琥珀の脇腹を突いた。 「ヒャッ」  小さな悲鳴が上がる。  その悲鳴自体は周りに聞こえるかどうかのものであったが、問題はそこではなかった。フワァーッと一瞬放たれるなんとも甘美な匂い。由良は今まで嗅いだことのないその匂いにあてられたのだ。  一瞬、自我が吹っ飛びそうな、そんな今まで経験したことのないモノ。それが自分の身体をすり抜け波紋のように走り去る。息をするのも忘れたかのように、由良の思考は一瞬止まってしまった。
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