生の生命、死の生命

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生の生命、死の生命

生の生命はわかるけど、死の生命ってなに? て、なるとは思うんですけどもね。 たとえると起きてる太郎くんと寝ている太郎くんも太郎くんである事には変わりがないという話です。 しかし、全く同じかと言われると瞬間瞬間変化してますので、同じ太郎くんは次の瞬間には居ませんよね、新陳代謝によって三ヶ月も、経つと殆どの入れ替えが行われると言われてますので、三ヶ月前の太郎くんはこの世に存在しない事になります。 しかし、太郎くんは何故か自分は太郎くんである事に微塵の疑いもなく、周りも同じ様に太郎くんを太郎くんじゃない!という人はいないでしょう(見た目がどれほど変わったとしても) 寝ている間に自我が消失してようが起きた時に連続的に自我が存在し続けてると疑う人は居ませんね。 寝ている間は夢でも見ていない限りは意識は一旦消えている様な状態になります。 同じ様に生命が維持できなくなった場合でも因果が消える事なく続いていくというのが死の生命ということです。 つまり、単なる状態の変化に過ぎないという捉え方。 ということは、死ぬことでいきなりとんでもない力が芽生えたりしないということです。 悪霊になって悪さをしたり、守護霊になったりとかは前も書きましたが仏典のどこにも載ってません。 それどころか、意識の下の末那識(自我意識)も一旦、消えると言われてる(もちろん完全に消えてなくなるわけではなく空の状態)。 つまり、眠る状態の深いバージョンですね。 冥伏(みょうぶく)と言ったりします。 生も死も状態変化に過ぎない。 ただ一点大きな違いは何らかの変化を自発的に出来るのは生きてる間だけ、という事です。 なぜなら死んだあとは行動する事や喋る事、何かを思う事が出来なくなっていく、つまり良くも悪くも原因となる業が積まれなくなるからです。
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