16th week 愛されて離婚届

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16th week 愛されて離婚届

「あの人、あれを見たら驚く わね。そして、家に連れ戻しに 来るかしら?、、電話だけね。」 これ、 走馬灯というのでございましょう。 今呟きました台詞は、 わたくしが主人と生活を共にする マンションを出ていく間際の 言葉でございますわ。 暗い中に意識が飲み込まれる 瞬間に、 心臓の辺りから湧いてくる 映像。 そう、きっと。 意外に強引な行動は出来ない人。 そんな風に 主人の見目良い顔と、性格を 思い出して わたくしは、 マンションの扉をカードキーで 締めようとしましたのに、 ふと、 誰もいないマンションの 少しだけ開けた ドアから 暗い中を見て 思わず 呟いた時の 台詞ですわね。 走馬灯というものは、 なんて便利なのでしょうか? 俯瞰して自分を見ていますの。 まるで、映画ですわ。 わたしが好きに決めた インテリア家具に、 きっちり片付けた お洒落な ダイニングキッチン。 友人も呼べる大きさの リビングソファー。 その前にある テーブルの上に置いた白い紙が ボンヤリ暗い中に 浮かび上がって見えそうですわ。 あれは 離婚届。 サインは済んでました。 わたくしの名前は。 わたくしが、 頬にかかる髪を耳にかき揚げて、 玄関エントランスに出るのが みえます。 間もなく 家の中の明かりも 自動で消えるでしょう。 真っ暗の中に、 時折り 眼下を走る車のライトが 窓に光を入れてくるのが、 主人の車でないようにと、 ドアの外で 警戒していたわたくしは、 主人が戻る前に 実家へ帰るのだと 願うばかり。 今、主人に会えば実家に戻る事は 叶わないでしょうから。 「帰りましょ。」 つい言葉が出てしまいました。 走馬灯なのに。 そもそも、何処へ帰るのかしら? 昨日の夜、 帰らなかった主人の 車が このマンションに着く前に ドアを出た わたくしは、颯爽と車のキーを 取り出しています。 廊下に出ると眩しい光が灯って 走馬灯を見るわたくしは、 少し目を細めましたわ。 別に泣いてなど、おりません。 だって わたくしは 愛されているお嬢様なのですもの。
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