第七話

1/1
前へ
/13ページ
次へ

第七話

 夜遅く家に帰っても、不思議なことにシルヴィーは両親に怒られることはなかった。  一言遅くなるなら事前に言うことを約束させられただけ。  気になったシルヴィーが、尋ねると母親は、シルヴィーが知りたかった答えを知っていた。  それは、ジェイドの家のことだった。 「あなた、いつメイナード家の方と知り合ったの?」 「え……」 「今までメイナード様のお屋敷にいたんでしょう? お勉強のためって、王宮のなかに入れてもらえるなんて、すごいじゃない。初等部のとき以来かしら?」 「……は、はい」  事情が分からず、とっさに、シルヴィーは両親に話を合わせていた。  まだ頭の中で、両親の言葉を上手く整理出来なかったから。  自分が一緒にいた人は、森に住んでいる引きこもりの薬師で、ジェイドという名前。  表札も屋号もない店。  だから、シルヴィーはジェイドの苗字を知らなかった。今までそれで呼ぶのに不都合がなかったから。  ジェイドは、つらい時いつも傍にいてシルヴィーを励ましてくれた人だ。  どこに住んで、どんな身分の人だなんて、シルヴィーにとっては関係ないこと。知らなくたって良かった。  知ったからといって、何も変わらない。  ――ジェイドは、ジェイドだから。  ジェイドが、シルヴィーの両親を納得させるために嘘をついたとは思えなかった。 (ジェイドが、メイナード家の人間)  シルヴィーは、やっと母の言った言葉に理解が追いついてきた。  ただ、ジェイドがメイナードの家の人間だとして、王宮に仕えるべき人間が、いま外に住んでいることを、両親は知らなかった。  きっと、ジェイドは、自分が森に住んでいることも薬師であることも、言わなかったのだろう。だから、いつもしないような格好に着替えて、シルヴィーの家に行った。  ――夢を叶えようとしているシルヴィーが、これ以上、不利な状況にならないように。  もし、ジェイドが両親に話をしてくれなければ、きっとまた、シルヴィーと両親の関係は悪化していた。 「あの、母さん」  ジェイドが背中を押して、手助けしてくれたのだから、シルヴィーも、きちんと話そうと思った。  シルヴィーは、久しぶりにまっすぐに母の顔を見た。 「何?」  ちゃんと、目を合わせて、話をすれば良かったのに、ずっと自分の無力さや、焦りで逃げていた。  シルヴィーは、おずおずと口を開く。 「……あの、神学校で、王宮付き神官の募集があって、それで、私は受けたいと思っています。もし、叶わなくても、今のクラスで最後まで勉強させてください」  お願いします、と頭を下げていた。  ジェイドが言ったような、将来きちんと家を継ぐみたいな、駆け引きはしなかった。今のシルヴィーの気持ちを素直に言葉にした。 「そう、そうなの」  顔を上げると、母は怒っていなかった。ただ、安心した表情を浮かべて微笑んでいる。 「はい」 「シルヴィーが、真剣に将来のことを考えてるって分かったから、もう少しだけ、あなたのことを信じて待ちます」 「うん、私、頑張るから……」  自分の部屋に戻ってから、シルヴィーは、すぐにジェイドに会いたくなった。  シルヴィーのなかに、すでに答えはあった。  もちろん、もし、ジェイドが本当のことを言いたくないのなら、それでも良かった。けど、いつか、ジェイドが自分から話してくれたら、ずっと伝えたかった、感謝の気持ちを伝えたい。  ――私を導いてくれて、ありがとう。  ジェイドが、いまも神官様と呼ばれるのが嫌なら、それでもいい。  シルヴィーにとっては、今も、昔も、変わらずに、大切で感謝すべき人には変わりないのだから。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

123人が本棚に入れています
本棚に追加