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第七話
夜遅く家に帰っても、不思議なことにシルヴィーは両親に怒られることはなかった。
一言遅くなるなら事前に言うことを約束させられただけ。
気になったシルヴィーが、尋ねると母親は、シルヴィーが知りたかった答えを知っていた。
それは、ジェイドの家のことだった。
「あなた、いつメイナード家の方と知り合ったの?」
「え……」
「今までメイナード様のお屋敷にいたんでしょう? お勉強のためって、王宮のなかに入れてもらえるなんて、すごいじゃない。初等部のとき以来かしら?」
「……は、はい」
事情が分からず、とっさに、シルヴィーは両親に話を合わせていた。
まだ頭の中で、両親の言葉を上手く整理出来なかったから。
自分が一緒にいた人は、森に住んでいる引きこもりの薬師で、ジェイドという名前。
表札も屋号もない店。
だから、シルヴィーはジェイドの苗字を知らなかった。今までそれで呼ぶのに不都合がなかったから。
ジェイドは、つらい時いつも傍にいてシルヴィーを励ましてくれた人だ。
どこに住んで、どんな身分の人だなんて、シルヴィーにとっては関係ないこと。知らなくたって良かった。
知ったからといって、何も変わらない。
――ジェイドは、ジェイドだから。
ジェイドが、シルヴィーの両親を納得させるために嘘をついたとは思えなかった。
(ジェイドが、メイナード家の人間)
シルヴィーは、やっと母の言った言葉に理解が追いついてきた。
ただ、ジェイドがメイナードの家の人間だとして、王宮に仕えるべき人間が、いま外に住んでいることを、両親は知らなかった。
きっと、ジェイドは、自分が森に住んでいることも薬師であることも、言わなかったのだろう。だから、いつもしないような格好に着替えて、シルヴィーの家に行った。
――夢を叶えようとしているシルヴィーが、これ以上、不利な状況にならないように。
もし、ジェイドが両親に話をしてくれなければ、きっとまた、シルヴィーと両親の関係は悪化していた。
「あの、母さん」
ジェイドが背中を押して、手助けしてくれたのだから、シルヴィーも、きちんと話そうと思った。
シルヴィーは、久しぶりにまっすぐに母の顔を見た。
「何?」
ちゃんと、目を合わせて、話をすれば良かったのに、ずっと自分の無力さや、焦りで逃げていた。
シルヴィーは、おずおずと口を開く。
「……あの、神学校で、王宮付き神官の募集があって、それで、私は受けたいと思っています。もし、叶わなくても、今のクラスで最後まで勉強させてください」
お願いします、と頭を下げていた。
ジェイドが言ったような、将来きちんと家を継ぐみたいな、駆け引きはしなかった。今のシルヴィーの気持ちを素直に言葉にした。
「そう、そうなの」
顔を上げると、母は怒っていなかった。ただ、安心した表情を浮かべて微笑んでいる。
「はい」
「シルヴィーが、真剣に将来のことを考えてるって分かったから、もう少しだけ、あなたのことを信じて待ちます」
「うん、私、頑張るから……」
自分の部屋に戻ってから、シルヴィーは、すぐにジェイドに会いたくなった。
シルヴィーのなかに、すでに答えはあった。
もちろん、もし、ジェイドが本当のことを言いたくないのなら、それでも良かった。けど、いつか、ジェイドが自分から話してくれたら、ずっと伝えたかった、感謝の気持ちを伝えたい。
――私を導いてくれて、ありがとう。
ジェイドが、いまも神官様と呼ばれるのが嫌なら、それでもいい。
シルヴィーにとっては、今も、昔も、変わらずに、大切で感謝すべき人には変わりないのだから。
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