憂鬱な黒猫は君のために歌う

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 ◇ 「さっき、変なことがあったんだ。電車の中で今日の配信で歌う曲をちょっと小声で口ずさんでたらさ、隣に座っていた女の子が急に眠り始めて。俺の肩の上ですやすやし始めてさ。おかげで八駅も通り過ぎたよ。しかもその後、起きたその子が落とした定期を拾っちゃって、その子を追いかけて豊橋で降りることになって。それからまたその子と同じ方向の電車に乗るのも気まずいなと思って、また別の路線の電車に乗っちゃって」 「それが遅刻の理由か? 嘘をつくならもっとマシな嘘をつけよな」  嘘じゃないのに、と言いたそうな顔をしたフードの男を、録音スタジオで待っていた男が「早く来いよ」と手招きする。 「お前のせいで配信が遅れそうなんだ。さっさと声の用意して歌え」 「……はいはい」  フードの男はマスクとフードを取り、マイクの前でヘッドホンをつけた。  彼は心の中でそっとつぶやく。  どこかで俺の声を聞いている誰かへ。  今、君はどこにいますか?  君が今夜も安らかな眠りにつけることを祈って、憂鬱な黒猫は今日も君のために歌うよ。  ……おやすみなさい。
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