憂鬱な黒猫は君のために歌う

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「あ、あ、ご、ごめんなさいっ!!」  慌てて席を立つと、ちょうどよく近くのドアが開いた。豊橋駅に着いたのだ。  ほとんど無意識に、ホームに降りた。頭より先に体が動いてしまった感じがした。澄んだ冬の夜の空気が閑散としたホームに流れている。興奮した私の口から白いため息がふわあっと出た。ホームの冷たいベンチに座り込み、しばし呆然とする。  大失態だ。  知らない人の肩で寝てしまった。恥ずかしさで足が震える。  電車で寝落ちなんて、初めてかもしれない。  それどころか、外で眠りに落ちたのも、夜の八時台というまだ早い時間に寝てしまったのも、だいぶ久しぶりのことだった。私は不眠症で、いつもは明け方まで眠れずに起きていることが多いのに。  ……憂鬱な黒猫さんの歌声のせいかな。  考えつくのはそれだけだった。  電車の中で、イヤホン越しに彼の歌声を聞いたせい。  最近はいつも彼の声を聞きながら眠りに落ちていたから。  眠れない夜にネットサーフィンでたまたま出会った謎の歌い手、『憂鬱な黒猫』さんの声は、私にとってどんな睡眠導入剤よりもリラックス効果の高い癒しの薬だった。  もう、彼の声なしでは寝つけないほど、毎晩ヘビロテで聴いている。  だからといって、電車で寝るなんて。  耳につけていたワイヤレスイヤホンを外そうとして、私は小さく驚いた。  イヤホンがない。両耳ともにだ。  電車の中に落としてきた……?  慌てて振り返ると、背後で電車が走り去る残像が見えた。 「う、うそっ……」  どうしよう、私のイヤホンが!  
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