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拝啓、憂鬱な黒猫さま。
あなたは今、どこにいますか?
何をしていらっしゃいますか?
あなたに会いたい。いいえ、贅沢は言いません。
こうして毎晩あなたの声を聞けるだけで、私は幸せなんです。
いま私は目を閉じて、あなたの音楽に浸っています。
あなたの生み出す低くて優しいAメロの安定感が好き。そこからサビへ移った時の切ない高音のビブラートはもっと好き。一曲聞くと必ずどこかで鳥肌が立つんです。
悲しい歌じゃないのに涙が溢れてくるんです。
どうしてこんなにもあなたの歌声は自由なんですか?
◇
ガタン、ガタン、と時折体に響く揺れがメロディーと溶け合っていて心地良い。
どこか遠くへ連れ去られそうな僅かな不安が、浮遊しかける体と心を繋ぎ止めている。
このリアルな振動。なんだか、電車に乗っているみたい。
「次は豊橋〜。とよはし〜」
あれ? やだ、電車に乗っているみたいだなんて思ったら、本当に電車内のアナウンスが聞こえてきた。
しかも豊橋って。
私が降りるはずだった駅より五つも行き過ぎてる。
やだなあ、せっかくいい夢を見ていたのに。
「夢……?」
私は痙攣しながら目を覚ました。口の端から今にもこぼれ落ちそうになっていたヨダレを慌てて拭き取る。私がアホヅラを晒していたのはまさしく電車の中で、せめてもの救いは正面の席に誰も座っていなかったことだ。
ホッとしたのも束の間、私の耳の上からありえない角度で咳払いが聞こえた。
「……そろそろ動いてもいいか?」
おそるおそる眼球を右上に動かすと、パーカーのフードを目深にかぶった怪しい男の人がこっちを見下ろしていた。
私は彼の肩に頭を預けた姿勢だったのだと気づいた瞬間、血の気が引いた。
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