第1章

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第1章

広く殺風景な部屋に、50ものパイプ椅子が円状に並んでいる。それに向かい合わせになる形でさらに50もの椅子が設置されており、部屋中に大きな二重丸を作っている。その椅子のすべてには緊張した面もちの男女が座っていた。私は内側の円の一席から外側の円の席に座る男性たちの顔を、目が合わないようにちらちらと見ていた。きっと、私もああいう表情をしているのだろうなと思うと少し照れくさい。でもこんな所にまで来て粋がっていても何にもならないし、私は隣にいるユリカに、「ドキドキしてきた」と正直な気持ちを小声で打ち明けた。でもユリカは堂々としていて、 「楽しまなきゃ損よ」  と声を弾ませていた。 「さぁ、みなさん準備はいいですね。持ち時間は一人10分です。いいですかぁ?10分ですよー」  わざとらしい白いスーツ姿の司会役の男が快活に言い、空気がピリリと張りつめた。とうとう始まる、と私はユリカに無言で目配せをした。さすがのユリカも真剣な様子だったのだが、 「よぉい、どん」  と司会役のあまりにも子供じみた開始の仕方に、会場内の雰囲気は笑い声に包まれた。和やかな雰囲気の中私はトップバッターの男性へ自己紹介する。 「ミズキです。よろしくおねがいします」  相手は20代くらいで、照れくさそうにくしゃりと笑い、「キナミといいます」と会釈してくれた。目尻の下がったにこにこと愛想のいい青年だ。 「キナミさんはお若そうですね」 「そんなことはないんですよ」 「おいくつなんですか」 「いくつくらいなんですかねぇ、人間でいうところの青年期といったところなんでしょうかね」  他にもいくつか質問をしたのだが、あまりこういう場に慣れていないのだろう、私の質問にも上の空だ。それに返答も、はぐらかしたりおちゃらけたりばかりでぱっとしない。彼なりのユーモアなのかもしれないが、正直言ってそんなに笑えるものでもない。まぁ100人以上もの人間が集まっているし盛大な雰囲気に圧倒されるのも無理はないが、こういう場では10分間でできるだけ有意義な情報を仕入れ、かつ自分の良い印象を相手に与えなければならない。しかし、この調子だと何も情報を得られない。 「キナミさんは、どういう仕事をしていたんですか」  この問いに、どう答えたらいいものかとキナミさんは考え込む様子を見せた。人に言えない仕事でもしていたのだろうかと、私は首を傾げた。しかし彼の返答で状況を飲み込むことができた。 「ううん、強いて言うなら、食べて生きることかな」  もっともらしく彼は言う。おそらくこれまで仕事をしていなかったのだろう。会話がうまく成立しないのは、他人との接触もあまりしてこなかったのかもしれない。社会にうまくとけ込めなかったのか何か病気があったのかは分からないが、そんなキナミさんがおもむろに問いかけてきて、今度は私が考え込むことになった。 「ところで、ミズキさんは次どんな人生にしたいですか?」  今私が参加しているのは、生を終えた者たちが集う『パーティー』である。参加者同士でマッチングすると来世に密に関わるパートナーとしての縁が生まれるのだ。お互いの来世に深く関与することになるのだから、相手選びは慎重にやらないと痛い目に合う。関係性は夫婦かもしれないし、親子、兄弟かもしれない。はたまた親友、恋人、ライバルかもしれない。  鬼籍という名簿を元に各地域で開催されている数々のパーティの案内が私たち死者へ届くのだが、最近は参加者が少ないのか「ゲームをやって来世をよくしよう」とか「豪華ゲスト参加決定。なんとあの昭和の大スターが!」とか、何かしらの特典がついていることが多い。これまでに2回、パーティーに参加したことはあるが、ぱっとしない結果に終わり、しばらくは一人でぶらぶらと彷徨ったり、生きている時の世界、肉体世界を覗きに行ったりしてのんびり過ごしていた。だが最近知り合ったユリカから、「来世に寿命3日分プレゼント」という特典のこのパーティを聞き、意を決して参加を決めたのだ。ちなみに、開催者は具体的に誰で、どのような仕組みでお知らせが私たちに届くのかは知らない。それは「神」と呼ばれる上層機関のみぞ知ることだ。  さて、さっきの問いについてだが、私は来世への思いをどのように言葉にしようかと考えて考え抜いて、 「私は、今度こそ幸せに生きたいと考えています。劣等感を感じることはなく、楽しくて、人にも恵まれて、充実した人生がいいです」  と、返答するのがやっとだった。細かいことならもっとあるけれど、私なりに練りに練った返答だった。それなのにキナミは気のなさそうに、 「なんか、人任せって感じだね」 と言い出した。なんて無礼な男なのだ。そもそも仕事もしていなかったのに、そんなこと言える立場なのかと腹が立った。でもキナミは悪びれている様子はなく、このあともいくつか話しかけてきたのだがもう会話をする気にならずに適当に返した。  そうこうしている間に持ち時間の10分が終了したことを、司会役の男が手のひらを叩いて知らせた。最後くらいは礼儀として、ありがとうございましたと挨拶をして軽い会釈をすると、キナミはまたくしゃりとした笑顔を見せた。 「もし縁があったらよろしくお願いしますねミズキさん」  そう言ってキナミは右隣のユリカの向かいに座った。
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