8.追放される男

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8.追放される男

「シュミット、悪いが本日をもってキミはクビだ」 「え」  パーティーリーダーであるエリックの言葉に俺は固まってしまった。  いつだって優しいエリック。誰にでも優しいエリック。将来複数の女に好意を持たれ修羅場となって刺されるであろうエリック。そんなエリックが俺に冷たい目差しを向けていた。 「ど、どうしたんだよエリック? らしくないぞ」 「何を言っているんだ。俺はリーダーとしてパーティーのためになるように行動しているだけだ。そのためにシュミットにこのパーティーから出て行ってもらおうとしているだけなんだ。わかるだろ?」  わかんねえよ! こいつこんなこと言う奴じゃなかったはずだ。パーティーから追い出すにしてももっと言葉を選ぶはずだ。エリックとはそういう男である。  なのに、奴は盛大なため息を吐きやがった。 「俺は面倒なことが嫌いなんだ。早く首を縦に振ってさっさと出て行ってくれないか」 「何、だと」  こいつ、本当にどうしちまったんだ? いつものエリックじゃねえぞ。 「新しいメンバーが入るんだ。シュミットとは別格なほどに優秀な人材だ。俺達のパーティーに入れるためには誰かが抜けなきゃならない。そこでダブってるヒーラーの一人と入れ替える。普通に考えたらそうするだろ?」 「む……」  前に俺が言ったことだから反論できない。  そう、これは追放イベントだ。  俺はこれに乗っかるべきだ。だって今までそう考えてきただろ? 追放されて新たなパーティーでも作って成り上がる。そういう計画だったはずだ。  いいんだ。これでいいんだ。これが俺の目的だっただろ。追放されて成り上がってからのザマァ展開。ほら計画通り。 「……本当に、俺が抜けた方がいいと思ってんのか? なあエリック」  なのに、俺から出た言葉は肯定ではなかった。  さっさと頷けばいい。それで俺は晴れて追放される。  だというのに、俺の心は肯定をよしとはしなかった。  むしろ懇願染みていた。自分でも情けない声が出たとわかっていたのに止められなかった。 「ああそうだよ。お前がいない方がパーティーはより良いようにいくんだ。わかったら早くどっか行けよ!」  エリックらしくない言葉。俺はそれに対し自分でも驚くほどにショックを受けていた。  今まで自分がやってきたことを否定された。つまりはそういうこと。不要だったと断言されたのだ。  誰か俺をフォローしてくれよ! エリックが間違ってるって言ってくれよ!  誰かいないかと思って首を動かして探す。その仕草はまるでいやいやと駄々をこねる子供のようだったかもしれない。 「早く出て行きなさいよ!」  レイラがいた。だが冷たい言葉を浴びせられた。 「もう……いらない……です……」  ブライアンがいた。だが冷たい言葉を浴びせられた。 「それなりの付き合いだった。もう興味はない」  ディーナがいた。だが冷たい言葉を浴びせられた。 「お、お前ら……マジか?」  声が震えている。  まさか全員なのか? パーティーの総意ってやつなのか?  いや待て。まだ後輩がいる。俺にはネルがいるじゃないか!  あいつが俺に出て行けなんて言うはずがない。そうだろ? そうに決まっている。  そう思った時、ネルが目の前に現れた。  無表情で俺を見つめる。いつも通りの後輩だ。いつも通りなんだよな?  こいつとは本当に長い付き合いだ。……そんな後輩から追放するだなんて言われたら?  冷汗が止めどなく流れる。  ネルの口が、ゆっくりと開かれた。   ◇ 「うわああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……あ?」  俺の前にはエリックもレイラもブライアンもディーナも、ネルだっていなかった。  暗いがここがどこだかわかる。俺が泊っている宿の部屋だ。そして俺はベッドの上。そこから導き出される答えは。 「……夢か」  なんてこったい。悪夢で飛び起きるなんてあり得ねえだろ。俺はクールな大人だぜ? 子供じゃねえんだからよ。 「……」  悪夢か……。  あれだけパーティーから追放されたいと思ってたのによ。夢の中とはいえいざ直面してみればこのざまかよ……。 「あー……」  自分が思っていたよりも今のパーティーに愛着があるらしい。ただの止まり木程度に考えていたのに、俺の中で根を張っていやがった。 「先輩? どうしましたか?」  隣のベッドで寝ていた後輩が起きた。わかりにくいが俺を心配している。  もし、夢の中でこいつに「いらない」なんて言われたら、俺はどうしていたんだろうな。 「なあ」 「はい」 「いっしょに寝ていいか?」 「え」  ネルの表情が完全に固まったのがわかる。  さすがに断れるだろうな。そう思っていたのに後輩は俺の予想を裏切った。 「……ど、どうぞ」  ネルはスペースを開けて俺を迎え入れるように布団を持ち上げた。 「……」 「……」  からかうなんてする余裕もなく、俺は後輩のベッドへと潜り込んだ。  後輩は何も言わない。互いに沈黙したままだ。  次に彼女の口が開く時、それはあの夢の続きになりそうな気がして怖くなる。 「ネル」 「は、はいっ」  それを振り払うように呼びかける。別の言葉をかけてもらえるように。 「悪い夢を見た」 「そうですか」  短いやり取り。たったこれだけで安心できた。  ネルは俺の気持ちを察してくれる。  その証拠に抱きしめられた。頭を抱えられ、まるであやされているかのように優しかった。 「……これで怖くないですか?」 「ああ」  後輩の胸に抱かれて目を閉じる。  俺とネルが先輩後輩という間柄であるように、みんなとも背中を預けられる仲間だ。つまりは信頼できる奴等ってことだ。  ぬくもりを感じてその事実を認識する。  もう冗談でも追放されたいだなんて口にしないようにしよう。仲間と最悪な形で別れたくなんてない。そう強く思った。 「ネル……」 「はい……」  安心して言葉が零れ落ちた。 「……やっぱりお前胸ぺったんこだなー。全然柔らかさを感じないわ」 「……表へ出ましょうか先輩」  このあとむちゃくちゃ殴られた。
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