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三浦透士朗——密偵の存在は意外と大きい——
シャウトの効いた声、腹底から出るロングトーン、それから透き通るような高音。どれも俺の中では一級品。否、世間一般からしてもレベルの高い歌唱力を見せる萌。
そんな萌が大人の絡んだ進路といえば、言わずもがな「歌手デビュー」だ。
アップテンポのビートが俺の焦燥感を煽ってくるが、俺はまだ平静を保つことができている。「俺ちょっとトイレ」。
曲の途中で名残り惜しいが着信だ。
「おいおい、こっちがLINEで送ってんだから、今萌と一緒にいることくらい察しろよバカ」
「フリック入力苦手なんだよ、こっちも察しろアホ」
「そんなどうでもいいことはいいから、早く結論を言え馬鹿」
「っち……。お前らの担任にそれとなく聞いてみたが、少なくとも一年の三学期の時点では誰かが芸能系への進路希望はいなかったと言ってるぞ阿呆」
俺の勘は正しかったらしい。安堵するより先に喉から乾いた笑いすら出てきて、これでは本格的に萌を陥れんとする輩同然だ。
「やっぱりハッタリだったか」
「三浦、そんな嘘までつかれる程嫌われているのにどこからそんな行動力が生まれる」
「生徒会長ともなると、事務的人間になってしまうのか? これだから横田は馬鹿野郎なんだよ」
「さっきからバカバカと人を馬鹿者扱いするな、クソ野郎」
「あぁ?! ついに新たな暴言言いやがったなっ——」
痺れを切らした横田が着信を切る。おかげで、続きの嫌味を言いそびれてしまった。「これほど純粋な好き以外で、原動力なんてあるかよ」。
ボックスに戻れば、あいも変わらず大熱唱の萌がいて、ここでようやく安堵する。
思えば俺らが小さい頃から、萌は歌うことが好きな少女だった。そして、彼女は今の俺が警戒している「歌手デビュー」を、将来の夢として宣言したことも俺の記憶に新しい。だからか、途中までは俺の原動力が「歌手デビューの阻止」にすり替わっていた。
それはもう、横田を中・高と生徒会長にさせる程、根回しに必死になっていた。(それでも俺と萌を同じクラスにすることだけは運頼みだった)
歌手デビューなんて是が非でも絶対阻止だ。この揺るぎない意志は、今聴こえる美声を何千何億の人間の耳に届くのが嫌なのはもちろん、彼女が遠い存在になるのだけはどうしても嫌だった。
彼らの業界は恋愛をするのにも配慮に配慮を重ね、会うだけでも労力をかけていると感じる。
会うだけが気軽にできない仕事なんかさせたくない!
——という考えに行き着いたのが小さい頃で良かったと、己の頭の良さに感服しながら萌の大熱唱をひたすら耳に通し続けた。
今同じ制服を着てカラオケにいる状況は、間違いなく横田のおかげだ。中学生の生徒会長の権限なんてものは、高校生に比べればないに等しかった。これを今と同等に権限を振りかざしていた横田の有能ぶりは、畏怖の念すら覚えるほどだ。
(あの横田も俺と同じようにレベルを落として高校を選んでくれてるあたり、アイツの方がまさしく阿呆だな)
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