鵺野萌——優秀な人材こそ疑え——

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「……ん? ちょっと待って」  二年の学級委員も散って行った後だったが、三浦に静止させる。 「私たち二組だよね?」 「おう?」 「ていうことは見て回るところが多くならない? 単純に! ということは、帰る時間が遅くならない?!」  顔面蒼白させた私を見て、嘲け笑うように鼻で笑って「委員会担当の方はその委員会の指示で動く部活や競技もあるから、多少競技の方も分担することになるとはいえ、表面的には俺らの方が大変に聞こえる……けど、相対的に見れば五十歩百歩ってとこくらいじゃね?」という。 「それで納得したから萌以外はすぐに離散して行ったと思ったんだけど……あれ? もしかして追いつけなかった?」  そして、この煽り顔である。 「あー別に本当に責めようってんじゃない。俺がちゃんと付いてるから、安心しろって」    私の沸点もどうやら把握しているようで、沸騰する直前で水を入れられた気分だ。その水と湯とが緩く混ざり、いい感じの温度にさせられたところで「でも、俺らが見て回る競技と係りは、おおよそ体育祭だけに発足されるものだけ。ということは、それ以外の係りは他のイベントでも必ずと言っていいほどある。そんで、それらは大抵委員会の管轄ばかりだ」と今度はにへら、と口角をあげていう。 「体育祭に限っては、競技面と進行面では外と中両方に活動する委員会が出てくる。しかも、俺らが回る競技は中でやるものなんてない。……クク、多少だけど後半クラスの方が面倒臭くなってる。委員会の管轄するものは連なって道具も見ることになってるし、絶対体育祭だけの係りと競技だけ見て回ったほうが早い」  「どうよ、これで萌もスッキリしただろ? 俺は聞こえない萌の要望もきちんと把握してんだよ」 「……私を蔑んでるのか、すぐに散って行った同学年の人たちを蔑んでるのか、一体どっちなのよ。腹黒め」 「萌を蔑んでるわけねぇよ。周りとの平等性を保ちつつ、バレないくらいにちょっとだけこっちの楽をさせてもらっただけのこと」  「俺って敵に回したくないタイプだろ?」三浦のせいで、内心が口から漏れ出たのかと一瞬口元を押さえそうになった。    まるで、私の行動を牽制するみたいな一言だった。これ以上好き勝手にさせないともいわれているような……。  だけど、その考えが杞憂だと知れたのは、すぐ後に屈託なく笑って「俺といれば得できるしな!」と言ってくれたから。その言葉が無ければ、きっと私は強硬手段に移してでも、三浦と離れる覚悟はできていたのかも知れない。  そんな私をよそに、三浦が役員の仕事を効率よくこなし、私はというと三浦に言われた通りに書類に記入するだけ。  人見知りが酷い私にとって、この役割はありがたい。それを知ってか知らずか、三浦が引き受けてくれている。まるで三浦が窓口のようだ。 「よっしゃぁぁぁぁ!!」  トラックの外側を全速力で駆け抜けようと息巻く男子が、こちらに向かって走ってくる。どうやらバトンの受け渡し練習をしているらしい。  邪魔にならないようにトラックの内側に避難して、その様子を窺う。 「お! ちょうどいい!! そのまま俺のバトン受け取れぇぇぇ!!」  走る男子に三浦が無茶を言われながら、「おっしゃ、こい!!」とスムーズにバトンを受け取りトラックを一周。徒競走の練習をしていた生徒もごぼう抜きしてきた。  「やるじゃねぇか! 何部の誰だ?」という男子に見覚えがなかった私。それは人見知りで知り合いの少ない私だから、と決めつけていたが、どうやら高校ではこのようにフレンドリーに人と人が繋がれることを二年目でようやく知る。   「俺は帰宅部の三浦だ。つか、お前こそ何部の誰だよ」 「俺を知らねぇのかよ?! 俺はバスケ部の主将だよ!」 「いや、知らねぇな。鵺野は知ってるか?」  全速力で走った後なのに、すぐに呼吸が整って悠々と話す三浦から急に話を振られて、思わず「知、知らない」と失言する。  それから何食わぬ顔して肩を組んできて、「だよなー」と私を完全に巻き込む。 「俺、一応県選抜の選手なんだけど。垂れ幕とか外に飾られてるんだけど」 「知らねぇな」 「一応全校生徒の前で登壇したことあるんだけど」 「全校朝礼なんか、睡眠の時間だろ」 「……俺、そろそろここから立ち去っていいかな」 「アンタが立ち去ってどうするよ」 「だって俺、俺……恥ずかしいんだもん」 「じゃあ立ち去っていいから、この競技で使う道具はいまのところ変更なしでいいよな?」 「ああ。変更はない。——じゃあ俺、あっち行くから。あっちでちょっと泣いてくるから!」  「俺の凄さに後から気付いたって、もう遅いんだからな!! もう名前教えてやんないからな!!」バスケ部主将が目元を腕で隠しながら去って行く。さすがバスケ部主将なだけに、さっきのスピードと変わらない。
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