鵺野萌——優秀な人材こそ疑え——

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「威勢が良かったのは最初だけだったな」 「ちょ、私に振らないでよ! すごく困る」  悪い悪い、と悪びれなく言う三浦だけど、しれっと道具の確認も取っていた。 「リレーは変更なし、でしょ」 「お、そうだった。すぐ仕事に戻る感じ、早く帰りたい気持ちがよく伝わってきて良き」 「キモイ」 「有能でハンサムな俺にキモいって言ってくる女子なんて、萌しかいない気がする……」 「私の前だけはナルシスト全開でくるから、私だけだと思うよ。だからいつも反面教師にさせてもらってるわ」 「なんのだよ」 「私の彼氏選びの」  「……彼氏?」三浦が声色を変えた。 「将来の彼氏、旦那を選ぶ時には三浦と比較しながら選べば大方間違いないってことよ」  私はその変化に気づかないふりをして、つんとそっぽを向いた。肩は組まれたままだけど。 「ちょっと見過ごせねぇなぁ……」 「さっき私を馬鹿にしたり、話に巻き込んだりしたからちょっとしたお返しよ」  正直、この虚勢がいつまで保つかわからない状態だ。ここまで極端に沸点を下げる三浦はお初で、私もどういう風に怒ってくるのか想像できない。 「君ら夫婦? ってくらい仲良いな」  先ほどのリレーの選手らしい男子たち。彼らの一声が助け舟に見えたのはこれもまた初めてだ。 「その間違いはあながち間違いでもないかも。だって俺ら小さい時から幼馴染みだし」 「え、それで高校も一緒なん? どっちかが着いてこなきゃずっと同じ学校は有り得なくね、それ」  私は思わず生唾を飲み込んだ。  志望校が偶然被っていた、にしては出来すぎた話だと思っていたらこれだ。奴が言っていた「ま、気遣ったんだろうな? お互いに(・・・・)」という言葉が脳裏から離れない。  もし、最初から私の志望校を知っていたとしたら、お互いに進路の話をしなかった中学三年の一年間はまるっと騙されていたことになる。 「おいおい、勘弁してくれよ」  「鵺野が俺についてくるならまだしも、俺が鵺野を追いかけて学校まで一緒にするメリットなんて何もないぜ?」呆れ顔で言う三浦に、既に猜疑心が芽生えてしまった私は愛想笑いをするので精一杯だ。 「仲良さそうなのに、鵺野さん? の一方通行かぁ」 「俺ってば罪な男だよなぁ。でも、こうして俺が勉強から委員会から何もかも、面倒見てることだしそれで勘弁な?」  私に向かって他所行きの顔を貼り付け見せる三浦。思わず口角が引くついてしまった。  それはそうと、恥をかいて走り去ったバスケ部の主将は放ったらかしで、話は二転三転していく。最初こそ、私と三浦の幼馴染みあるあるに花を咲かせていたようだが、いつの間にか男同士の話にシフトチェンジしていたので、ちょっとだけ可哀想だと思っていたバスケ部の主将の姿を探す。   (案外簡単に見つけてしまった。——てか、なんで別のところでも雑な扱い受けてんの?!)  大縄跳びの縄で高速回転されている中に、名前も知らないバスケ部の主将が珍妙な足捌きで飛んでいた(というよりは駆け足に近いような)。  「ちょぉ! 何で俺だけいじめられてるんだよぉぉ!」なんだかんだ回し手が疲弊するまで飛びきるあたり、バスケで選抜選手になったことは間違いなさそうだ。    ただ、愛されキャラなのか、誰からにもいじられているのが、初対面の私からすれば少し可哀想に見えるような見えないような。  でも、誰からも気軽に話しかけられる存在は彼の天性でもある。私はというと、人見知りで好きなことを好きだという声すら持ち合わせていない。  クールぶっているだけの、ただの臆病者。  素直に言って、名前も知らない彼が羨ましい。 「さっきの三浦とかいう失礼な奴と一緒にいた」  彼が私に気付いて、いつの間にかこちらへ歩み寄っていたらしい。私もついでに彼に失礼なことを言った気がするのだが、目の前にいる好青年は青年は意に介さず、にこやかに話しかける。 「道具はさっき言った通り、補充も追加もないぞ。だってバトンありゃ成立する競技だし」 「あ、あ。えっと、それはもちろん記入してるので、大丈夫、です」  吃音ではないけど、知り合いでない人とはどうしてもこうなる。三浦と話す時とは大違いだ。 「学級委員は毎日打ち合わせして、こうして確認とかしてるんだろ? 大変だな」 「そうですね……本当は応、応援団もやりたかったんですけど」 「へぇ! 意外に活発的だな」  「意外に」など私が気にしていることをあまりに直球で言うものだから、つい見逃してしまう。この人は嫌味で言っていないことを安易に悟らせる。 「今年から一人一役だもんな。アンタはもどかしい思いをしてるかもしれないけど、俺はそれが正解だと思うよ」  「一人一役、一競技。その掟ができたからこそ、ああやって皆が練習を楽しくやってる」と私の隣でさっきまで主将さんをいじっていた彼らを眺める。 「流石、キャプテンなだけありますね。周りがよく見えてる。というか博愛主義?」  私の言葉がそんなに驚いたのか、目を丸くした。 「やっぱりあの時、三浦がいたから遠慮していたんだな! 俺のこと、知って——」 「知らないです」 「即答……。俺、もう一回泣いていい?」  思わず笑みが溢れてしまった。 「——アンタ、笑うとすげぇ可愛らしいな」 「えっ」 「素直に、笑顔が素敵だって言ってるんだ」 「あ、ありがとうございます」    少女漫画なら、これから恋の予感を思わせるやり取り。だけど、この人はなんとなく、友愛的な匂いしか感じられないのがまた、私の肩の力を解す。  思わず私も素直に、世辞を受け入れる余裕すら出てきた。 「そうやって笑ってろ。隣にいた三浦よりもカッコイイ彼氏をゲットできるぞ!」  「アイツのいじり方は嫌いだったからな、せめて三浦と仲の良さそうだった……あれ、名前なんて言うんだっけ?」とまだ教えてもない名前を自然と聞き出す主将さん。  おかげで、私も主将さんの名前を知ることができて、なぜか満足している自分がいる。友達を見つけた時の感覚、馬が合いそうな人とのやり取りの楽しさ、とはこれのことか。 「萌は絶対あんなんよりいい男と付き合える! うん! 絶対そう、つか絶対そうであって欲しい!」 「ふふ、あんなんですけど、一応私の幼馴染みだからアイツの良さは理解しているつもりで」  そして、口から出た言葉に私自身も耳を疑う。「アイツを反面教師にしている限り、アイツ以上の男を見つけるのも一苦労なの」。 「案外、近くに三浦を超える男がいたりしてな」 「アハッ! 少女漫画じゃないんだから、騙されないわよ」  神妙な面持ちでこちらを見る手島君に、また笑ってしまった。彼といると楽しい。
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