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鵺野萌——小指の筋力は世界一——
新学年の新学期のど初っ端のHRにて、鵺野萌は秘かに頭を抱えていた。
隣でこちらに笑みを浮かべて立つ奴の策謀をどう突破しようかと考えあぐねていると言うのに。
「鵺野さん学級委員としてよろしくね」
教卓の前に私こと、鵺野萌と背格好抜群と囃し立てられているハイスペック幼馴染の三浦透士朗が立つ。
どうしてこうなった。この先のことに思考を巡らせなければ奴の後手に回るのに、どうしても教卓前に立つ現状に不服と敗北の文字が浮かんでくる。
去年は別クラスで油断していた。これが何よりの原因だ。だから、こんな目に遭うのだ。
学級委員なんて面倒臭い役を押し付けるばかりか、自分も名乗り出てクラスからの株を上げ、しれっと私の隣にいる。
「ん?」など涼しい顔をしてこちらを見る三浦に、憎らしさを覚える。
しかし、ここで異議など申し上げることは出来ない。既にこのクラスを掌握しているのは奴、三浦なのだから。
内心で舌を打ってからこちらも笑顔で応戦する。今は、このくらいしか方法がない。
「萌、この後すぐ委員会あるから、移動するぞ」
外面の面を外せばすぐこれだ。結構我が強くて、ほとんど有無を言わさない。
私の模範解答といえば、「分かった」だ。
二学年に進学した私たちが主体となってこれからの催事に勤しむことになるので、ますます嵌められたと思わざるを得ない。
二人仲良く帰宅している道中につい、不満が口から溢れる。「どうして今年なのよ、今年の委員会は忙しすぎるでしょ!」。
「忙しいから俺も手伝うって言ってんの。去年は俺が別クラスだったせいで、内申点稼ぎをサボったろ。そのツケが今年に来てると思えよー」
「だってお前、アホじゃん。ここの学校に小指引っ掛けた感じで受かったどころか、その頭を今も現状維持だろ? 進学するにしても就職するにしてもお先は暗いぜー? だ、か、ら、この俺が同じクラスになったからには、内申点だけでも進路に役立つよう手伝ってやるってわけよ」と私の髪を乱雑に掻き乱す。
ぐうの音も出ない私は、掻き乱す三浦の一回り大きい手を退かした。たしかに、小指に引っかかったと言う表現に寸分の狂いも無いほど言い得ている。
「でも、アンタがそこまで私のお世話する必要もないのよ。ていうか、そんなレベルの学校になんで三浦がいんのよ。去年なんとなく言いづらかったけど今年こそ言ってやるわ」
「おう、なんでも聞くぜ」
私が小指でしか引っかからない学校に三浦まで居るのが不自然だと、今年こそはパリッと言ってやる。
「三浦、志望校、落ちたんでしょ」
気遣いなんて私たち幼馴染の間には不要らしいから、言ってやった。だが、即答で返ってきたのは「ここが志望校だったけど? え、俺新入生代表挨拶したよな? ここに受かるためにたくさん努力してきたと言ったよな?」という始末である。
口から泡を吹きそうになりながら、なんとか自立を保つ。
「じゃ、じゃあ元から志望校は被ってた……?」
「そういうことになるな。なぜかお互い志望校を教え合わなかったけど」
違う。教え合わなかったというより、教えないように私が努めたとする方が正しい。三浦は幼馴染で気軽に話せる奴ではあるが、何分私を私以上に知りすぎている。それがどれだけ危険なことか、私は知っている。人間は弱みを握られたら最後、対等な立場で関係を続けられなくなるのだから。
だから、高校の三年間だけでも距離を置いて、三浦との関係をフラットにしたかったのだが、高校二年生にして当たり前のように行き帰りを共にしている。
「ま、気遣ったんだろうな? お互いに」という三浦の言葉に唾を呑み込む。このようなドキッとするシーンが中学校の頃から増えてきた。だから、私のことを知りすぎている奴を危険因子とみていたのに、結局はこのザマだ。
「私がバカだからどこの学校も受からないだろうって?」
「いいや? 俺は知ってたよ。萌がこの学校を専願一本に絞ってたことくらい」
そして、三浦は私を見下ろす。
「だから、気遣って進路についてはお互い話題に出さなかったんだよ。専願一本って、相当なプレッシャーだろ? とくに専願で行けって先生、親共から勧められたお前にとっちゃ、この後がねぇんだから」
「受験に専念させてやるっていう気遣い、どうだった?」左右非対称に口角が上がる三浦に、思わずこちらも口角をひくつかせる。
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