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昨日あんな出来事があったが、いつもと変わらない穏やかな昼を迎えて、ひとまず俺は安堵した。
三上のあの物言いからすぐに何か行動に移されるかと思ったが、そうではないらしい。
考えてみれば三上は一年にして生徒会書記に任命されており、凡人な俺と違って忙しい毎日を送っているに違いない。
「はあ、良かった」
フラグを立てるかのように安堵の言葉を呟いて、俺はそれをすぐに後悔することになる。
「な、夏目...なんか呼ばれてるよ」
「...え?」
「...お前何したんだよ。ほら三上くん来てるって」
「は!?」
躊躇いがちに宮城に声を掛けられ、そういえば先ほどから教室内がざわざわとしているなと恐る恐る入り口付近に目を向ける。
そうすれば、にこりと笑ってこちらに手を振る三上が視界に入り、俺は一気に絶望した。
「...ちょ、まじ、!こんなとこで、」
三上が普段見せることのない笑顔に教室内から黄色い歓声が上がる中、俺は慌てて入り口へと走った。
「やあ夏目くん」
「やあ夏目くん、じゃねぇって!何やってんの...!」
俺はそのまま三上の腕を掴んで、周りの目を気にしながら人気のない階段下まで急いだ。
「おや...もうこんなところで密会してくれる気になったのかい?」
「違う、違うから...!...教室であんなことされたら周りに何言われるかわかんねぇだろ、」
「ふむ...」
相変わらずとんちんかんな事を言ってくる三上に辟易しながらそう伝えれば、三上は「良いじゃないかこれから恋人になるんだし」と訳のわからないことを言っている。
「....その、困るんだって。俺は三上くんと違って一般生徒なわけだから、学校の人気者である三上くんと必要以上に仲が良いなんて知れたら...」
「本当にこの学校は面倒臭いね。好きな人と一緒にいることすら気を遣わなければいけないのか」
「...それは俺も同意見だけど、この閉鎖的な空間じゃいかに目立たず生活するかが平穏に繋がるっつーか、」
俺がぼそぼそと尻つぼみにそんなことを言っていれば、三上くんはうーんと何か考え込むように唸ってから、ゆっくりと視線を上げた。
「仕方ない。大切な夏目くんが僕のせいで傷つけられるなんて考えただけでも血の気が引くし、他の人がいるところでは表立って声を掛けたりは避けるようにするよ」
「ああ、うん。それは助か...」
「だから今日から部屋で密会しよう」
「...る...、...は!?」
胸を撫で下ろしたのも束の間、三上からの爆弾発言に思わず声を荒げる。
そんな俺を、夏目くんは先程から驚いてばかりだねと目を細めて笑っていて、誰のせいだよと無意識に睨みつけた。
「たしか君の部屋は一人部屋だろう?それなら何も気にすることなく触れ合うことができるね」
「なんかすげぇ含みのある言い方...」
三上の言うとおり、今は部屋に俺一人しかいない。
元々同室だった生徒は親しくなる間も無く不登校になり自主退学していった。
あれは去年の夏頃だったと思う。
夏休みが明けたら部屋はもぬけの殻で、最後まで言葉を交わすことなくいなくなった同室者に、もう少し話でも聞いてやるべきだったのだろうかと今でも後悔が残っている。
「まあそういうわけだから、早速今日の夜お邪魔するね。もちろん人がいない時間帯にするから君に迷惑は掛けないよ。」
「え、待って、話を勝手に進めないでくれ、」
「今まとまっただろう?とりあえずスマホを貸してくれないかな」
そう言って三上は手を差し出してくる。
有無を言わさぬその雰囲気にこの場から早く脱したい俺は、渋々ポケットからスマホを取り出して手渡した。
「夏目くん、セキュリティ的にロックはかけておいた方がいいよ。ほら、僕の連絡先登録したから」
「...ああ、うん」
三上から言われた言葉も右から左に抜け、気のない返事を返すことしかできない。
そして、じゃああんまり長居してもまた周りから何か言われるかもしれないから...と三上はその場を立ち去ろうとする。
「...み、三上くん、」
「うん?なにかな」
「いや...」
やっぱり友達になる件は無しで───
そう伝えようとしたが、何故だか嬉しそうに笑っている三上にそんな酷い言葉を投げかける気にはなれず、気付けば「なんでもない」と口にしていた。
「じゃあまたね、困ったことがあってもなくてもすぐに連絡して。僕は夏目くんのことを第一に考えてるから」
「....」
何故そこまで俺にしてくれるんだろう。
結局明確な答えは得られぬまま、今日も流れに身を任せてしまったなと自責の念に駆られた。
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