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広大さんのキスは、いつもよりもっともどかしかった。何度も柔らかくなぞるように繰り返して、それ以上どこにもいかない。
そっと目を開けると、広大さんは私を見ていた。
「広大、さ、ん」
キスされながら、やっと名前を呼ぶ。
「あいつのキス、もう忘れた?」
唇が離れない距離で、視線を逸らさずにそう言われる。私の瞳に、また後悔が溢れてきた。
「覚えて、ない。…逃れたかったことしか、覚えてない」
私の中のキスは、もどかしくてもっと欲しくなるこのキスの記憶だけ。
広大さんの首に、腕を回してしがみつく。
「広大さんが、好き」
もっと早く、気付けばよかった。もっと早く、言えばよかった。
こんなに涙が溢れるのは、後悔だけじゃない。腕の中に広大さんが居てくれることが、こんなにも幸せなんて。
「もうここから出るなよ。1人で何かしようなんて、絶対思うな」
私がしがみつくよりもっと強く、抱きしめられる。
「広大さんの中に、溶かして」
心の中で言ったつもりの言葉は、彼の耳元で静かに響いた気がした。
「朝まで、ゆっくり溶かしてやる」
…やっぱり、聴こえてた。
今度は、私から深くキスをした。
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