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思い返してみると、彼女が私を敵視(?)するようになったのは、前専務に帯同して商談に参加した時からだった。もう3年も前になるその日、企画部からは、脇田さんがリーダーを務めるチームが参加した。
もちろん、私は専務の荷物持ちみたいなものだったけれど、相手の会社の営業部長に最初に名前を聞かれたのが私だった。
明らかに、興味は違う部分にあるニュアンスで。
私だって気分は良くなかったのに、帰り際にそばまで来た彼女が、強く囁くように言った。
『女をちらつかせて、仕事の邪魔しないでくれる?こっちは中身で勝負してるのに』
商談がまとまったから、それで済んだかもしれない。妥結してなかったら、刺されそうな気配だった。
あの時から、目立たず余計な事は言わないように、静かに言われた事だけこなすようにしていたかもしれない。別に女をちらつかせているつもりも、自分の仕事に中身が無いなんて思ってこともなかったけれど、脇田さんの言葉に反論するだけの、仕事への自信があるのかわからなかった。
森下専務は私に、自分の後ろに控えていなくていい、と言った。私がある程度の書類が作れるとわかると、かなり複雑なデータ処理まで任せてくれるようになっている。いつのまにか、それが仕事の遣り甲斐になっている事に最近気づいた。
『負担でなければ、能力は伸ばすべきですよ』
専務は、今までの秘書たちの立ち居位置を心配しながら、そう言ってくれた。
自分を必要とされて中身を認められるのは、ありがたい。
私にも、もっと違う中身が作れるだろうか。脇田さんに言えるだけの、自信のある中身を。
「…主任、大丈夫ですか?」
恐らく、長い時間コーヒーの入ったカップをぼんやり見ていた私に、安西さんから気遣いの声がかかる。感傷に浸るようなことじゃない。要は、自分に自信がないと言うことだ。
30が近づくにつれ、繰り返される毎日がやけに早く廻って行く。大人になると感動が少なくなる分、時間の流れを速く感じると聞いたことがある。早く過ぎていく毎日について行けないような、自分だけ同じ場所から動けないような感覚は、重い喪失感を連れてくる。
このままあっと言う間に30を過ぎて、そして。
「大丈夫。ありがとう。…脇田さん、悪気はないのよ」
形だけの対応ばかりが、上手になっていくのが良いことなのか。
返した返事は、自分でも作り笑顔になったとはっきりわかるものだった。
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