腕の温もり

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 今日は結局、ついていない。    脇田さんにあんな風に絡まれて嫌な気分になったのに、秘書室に戻ると、シンガポールの取引先からすぐに専務に連絡をとりたいと強引なアポイントがあったと報告された。  専務は、マルモリの顧問でもある祖父が亡くなってしばらく休む伝えてあったのに、そんな事お構いなしという雰囲気で相手は捲し立ててきたらしい。そんな調整もできないのか、と私の代わりに対応してくれた岩崎さんがかなり叱られたようだった。 「すみませんでした、岩崎さん。呼んでくれればよかったのに」  岩崎さんは、心配した程落ち込んでいる風もなく、笑顔を返してくれた。 「お呼びしようとしたら、ちょうど磯村副部長が専務の来週以降のスケジュール確認においでになって」    確かに専務がいない間、シンガポールの案件は副部長に一任されていた。でも、失礼かもしれないけれど、専務の代わりになるかは不安だった。 「さすが、専務が信頼なさっているだけありますね。完璧に対応して下さったんです。しばらくあちらからの連絡は、副部長に回していいそうです」 「副部長に?あちらも承知して?」 「あちらからのご要望です。副部長が対応してくれるならそれが良いっておっしゃってました」  問題は上手く片付いていたのに、何となく心の隅につまらない感情が湧きだした。あわよくば、専務に連絡できたのかもしれないのに、そのチャンスをとられたような気分になっている。  そんな気持ちに気付かれないように、穏やかな笑顔を作って内線電話を掛ける。 『営業、磯村です』 「秘書室の大谷です。先ほどは、専務への連絡にご対応いただいて申し訳ありませんでした」 『あぁ。僕も大いに絡んでる案件なので、差し支えないですよ。そんなことでわざわざ?』 「お手数をおかけしました」  安西さんと岩崎さんは、私の雰囲気に何かを感じたのか、静かに様子を伺っている。  慌てて、電話するようなことではなかったかもしれない。 『声が聴きたかったとか』 「は?」  電話の向こうで低く囁いた彼の声は、私の鼓動を早くする。決して、ときめいたのとは違う。こんなところで、そんなこと言うから。 『顧問の葬儀、俺も受付頼まれてるので。その時に、また』  葬儀の際、会社関係の古い付き合いのある方への対応を、専務から頼まれていた。磯村さんは、傍に居てくれれば専務が心強いのかもしれない。 「…よろしくお願いいたします」    そう言ってから、ゆっくり受話器を置いた私の手は、しばらくそこから動かなかった。      
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