ため息の余韻

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 部屋に来るのにいちいちアポとるな、と森下には言われている。  森下優弥(もりしたゆうや)。もう10年近く、一緒に仕事している親友で、株式会社マルモリの次期社長で現専務。専務と言うのは建前で、社長見習いってとこだ。  その森下と、前の会社でよきライバルで仕事のバディだった俺は、森下がここに移るにあたって、右腕になってほしいとヘッドハンティングされて付いてきた。  親友過ぎる相手の下で仕事をすることに迷いがなかったわけじゃあなかったけれど、マルモリで仕事ができること、そして何よりやっぱり森下と一緒に、自分の可能性を追いかけてみたかった。 「なにも、秘書に時間確認することないだろう。直接、電話よこせばいいのに」  専務室のソファーに座った俺に、自分でコーヒーを持ってきた森下は少し不満そうに言った。 「カウンター、素通りすると視線が怖いって言うか。勝手に専務室に入るな、って感じで」 「ちゃんと挨拶すれば、大丈夫だよ」 「子供じゃないんだから、してるよ。…大谷さん?大谷美由利(みゆり)さん。彼女、専務のこと完璧に仕切ってるだろ」  俺が彼女の名前をフルネームで口にした時、森下が、飲んでいたコーヒーのカップ越しに視線をよこした。 「それが彼女の仕事だ。仕事上のスケジュール管理や必要な書類作りは、信頼して任せられる」 「それだけ?」 「他に何の情報が欲しい?好きな食べ物も好きな音楽も、好みの男のタイプも知らないぞ」  …好みの男のタイプは、知っている。    頭がキレてどんな事にも物怖じせず、周りに優しい気遣いのできる、地位も金も持っているクールな二枚目。  幸い近くにいるそいつ(・・・)が、女性にだらしない男じゃなくて良かった。 「プライベートの情報は、自分で努力して集めるよ」  そう言った俺に、仕事中には見せない親友(・・)に送る視線をよこしながら口元だけ笑った森下は、俺の嫌いなイケメン(ヅラ)になった。      
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