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「磯村副部長、先日の資料データで送りました」
昼休憩で主の姿が無くなった周囲の机を横目で確認しながら、傍まで来た根本は、少しボリュームを落とした声で言った。海外とのコンタクトは、語学力のある根本になら安心して任せられる。
「ありがとう。悪かったな、急に頼んで」
「光栄ですよ。シンガポールの協議会の案件に、関わらせていただけるなんて」
メールを開けて、送られたエクセルデータを確認する。
「確かに。極秘で頼む」
「了解です。でも、これが例の件と関係あったんですか?」
根本は少し心配そうに、こちらを伺った。ここから先は、可愛い後輩にも残念ながら口外できない。
「いや、俺もその辺はわからないんだ。役員レベルの話かな。でも、お前の活躍、伝えておくよ」
反応良くペコリとお辞儀をして、飯行ってきますと言いながら、俺に背中を向けた。
データの更に重要な部分をまとめて、自分の集めた情報とリンクさせる。やはり、予想していた通りの結果が出た。大手銀行の海外での買収履歴とその中身は、ギリギリ法には触れないやり方で危ない橋を渡っている。何度も繰り返しているこのやり方が表ざたになれば、合法だとは言っても、今の世の中どこからどんな話が飛び出すかわからない。足を引っ張りたい輩は、もっと確実な情報を握っている可能性もある。グレーでいられる今なら、引き返せるはずだ。
人が良いうちの専務は、個人的に嫌がらせされているその銀行の部長に、親切にも忠告してやるつもりらしい。いや今回は人が良いと言うより、自分の大事な女性の周りに闇を作りたくないと言う、純粋な恋心からか。
その部長は、残念ながら専務の想い人の義兄らしい。彼女に悲しい思いをさせないために、親友は必死だった。
「…あんなに、惚れるかね」
この世が終わったような泣きそうな顔をして、助け求めてきた時の森下を思い出しながら、大切な”証拠作り”の最後の仕上げをした。
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